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「おい、大丈夫か」
 シャワーを借り、いつもの制服を身に着ける。まだ何か咥え込んでいるような違和感があるが、中に出された精液を含めて全て綺麗に洗い流した。傷もなかったし、問題はないはずだ。
「おいって」
 かけられた声を無視し、ネクタイを締めようとしたところで腕を取られた。不機嫌さも露わに、じろりと男を睨みつける。
「返事くらいしてもいいだろうが」
「……大丈夫だ。それより、わかってるだろうな」
「はいはい。誰にも言わねーよ」
 そう言って、ぱっと手を離された。いまいち信用ならない態度だが、それ以上の追及は避けることにする。どうせ、誰に言ったところで信じる奴などいないだろう、生徒会長が犬猿の仲である風紀委員長とベッドを共にしたなどということは。
 事情は話していないから、何のために俺がわざわざこいつに抱かれに来たのか、こいつはきっと知らないだろう。俺がそれを語ることはないし、奴が理由を詮索することもない。仲は悪くともお互い長い付き合いだ。そのくらいのことはわかっている。だから、その点に関しての懸念はない。
 それより、全身が怠かった。確かに回数こそ一度きりだったが、正真正銘初めての初心者相手によくもあんなにも激しくやってくれたものだ。散々翻弄されたことを憎々しく思いながら、未だ隣に立つ男を睨む。
「ん? お前のご希望通りだったろ?」
「……チッ」
 俺が舌打ちしてドアを開けると、奴は笑いながらも何か言おうとしていた口を閉じた。話し声が外に漏れないようにだ。内心では礼など伝えたくなかったが、一応軽く目礼だけして委員長の部屋を出た。
 寮のドアはよく整備されていて、開閉の際にほとんど音がしない。念のためゆっくりと閉めたドアから離れ、俺はそのまま生徒会室を目指した。消灯時間を過ぎた廊下には最低限の明かりだけが灯っており、薄暗い。誰もいない廊下を歩く足音すら絨毯に吸いこまれていく。
 正直なところ、体力を消耗しているし、眠っていないから前日の疲れも取れていない。だが、万が一廊下を歩いているところを誰かに見られたとしても、生徒会室に向かっているのだから疚しくはない。まだ時刻は深夜だ。夜が明けるには、あと一時間ほどだろうか。
 一度寮を出て、校舎に入る。生徒会役員用のカードキーは一般生徒のものより随分自由がきく。寮の個人部屋の倍はあるドアを開き、生徒会室に入った俺はようやく深々と嘆息した。背中をドアにつけ、両手で顔を覆う。
 そのまま糸が切れたように全身の力が抜け、俺はその場にずるずるとへたり込んだ。
 快楽はあった。だがそれ以上に酷い体験だった。今更のように衝撃が襲ってくる。自分から申し出たこととはいえ、男に組み敷かれ、男のペニスをねじ込まれる行為は、思いのほか俺にショックを与えていた。指とローションで解された後腔にペニスを押し当てられたときの、言葉にならない恐怖。深く突き上げられたときの征服されたような屈辱感。そして、中に出された嫌悪感。慣れておきたいという一心でコンドームの装着を止めた癖に、自分が汚されたように感じるのを止められない。汚い。きたない。
 セックスどころか、キスすら、初めてだった。
「う……」
 喉の奥から小さな呻き声が漏れる。それが自分の耳に音として聞こえた瞬間、俺はとうとう堪えきれなくなって涙を流し始めた。喉元が熱くなり、肩が震え、唇をわななかせながら俺は泣いた。
 ずっと、完璧を目指してきた。生徒たちからの尊敬や憧憬に足る人物になろうと足掻いてきた。ほとんど誰にも弱味を見せず、常に毅然とあるべく努めてきた。最後に泣いたのがいつだったのか、自分でも思い出せないほどに。
「うっ……ひぅ、うっ、く」
 その俺が、今は傷ついた子供のように泣きじゃくっていた。傷ついた子供。実際、その通りだった。俺は、俺自身の選択によって深く傷つき、その痛みに耐えかねてみっともなく泣いていた。


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