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「常々思っていたのですが、会長。あなたは嫁というより婿になるべきではないですか。そもそも当時は一応小学校に上がっていたんですよね? それなのに婿と嫁を取り違えていたのですか」
 副会長がそんな話を振ってきたのは、一昨日になってからだ。この日、俺は珍しくミキちゃんの話をしていなかった。昨日不良が裏庭で乱闘したついでに温室の外の鉢植えを複数破壊したせいで書類が増えたからだ。何で生徒会が鉢植えの発注までやらなきゃなんねえんだ。
 業務に一区切りついたのだろう、おもむろに席を立った副会長に問い掛けられ、首を傾げる。つうか、紅茶を淹れるならついでに俺にもコーヒー淹れてくれねえかな。
「何だよ急に」
「いえ、特にこれといった理由はありません」
 今まで散々俺がミキちゃんについて語っていた時には話を切り上げたがった癖に、俺が無言で仕事をしていたら向こうから言い出す。常々思っていたが、めんどくさい奴だ。
「いーや、俺はミキちゃんのお嫁さんになりてえんだよ」
 手元の書類から顔を上げて自信満々に笑って見せると、副会長が変な顔をした。
「間違えていなかったのなら、尚更何故なんですか……」
「ミキちゃんが『サラちゃん、お嫁さんになって』っつったから」
 あっさり回答する。俺にとってミキちゃんは初恋の人であるだけではない。今でもミキちゃんのことを思い続けているんだ。例えもう何年も会えていなくても。
「さ、サラちゃん……」
 副会長の唇がわなわな震える。
「更科(さらしな)だからサラでも間違っちゃいねえだろ」
 ぶっちゃけるとサラちゃんと呼ばれるのが特に好きな訳ではないが、ミキちゃんがつけてくれた呼び名を否定するなら殴る。
 俺の内心がよほど表面に現れていたのか、副会長は何度か深呼吸すると何事もなかったかのように微笑んだ。
「すみません、顧問に転入生を迎えに行くよう頼まれたので、行ってまいります」
 するりと身を翻し、副会長がさっさと生徒会室を出て行く。逃げやがった。
 しばらくすると誰かとどこかにしけこんでいた下半身野郎の会計がへらへら笑いながらやっと顔を出す。遊び呆けていたガキくさい双子の庶務も姿を現し、剣道部の書記も部活から帰ってきた。
 一気に騒がしくなった生徒会室だが、副会長がなかなか戻らない。仕事も片付いたし、副会長なんか置いて帰るかと思ったところで、扉がゆっくりと開いた。副会長本人だ。
「遅かったな」
「……ええ……」
 副会長の顔が心なしか青ざめている。それを目ざとく見つけたのは双子で、何があったのか口々に問い掛けた。
「いえ、その……、世の中あまり思った通りにはならないのだなと、実感しまして」
 期待しすぎただの、こんなはずではなかっただの、ぶつぶつ呟きながら俯いた副会長を怪訝に思ったものの、俺はそれほど気に留めずに生徒会室を立ち去ることにした。後ろでは副会長が王道がどうのとかまだ何やら唱えているが、そんなことより俺の空腹感の方が切実だ。
「お前ら、各自の仕事は終わらせとけよ。終わったら俺の机に置いとけ」
 はーい、と揃った返事を聞きながら、俺は晩飯のことなんか考えながら呑気に歩きだした。
 ここまでが、一昨日の話。


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