幼なじみのミキちゃん
1


 俺の幼なじみのミキちゃんは、それはそれは可愛かった。ふわふわと陽光に透ける金髪、色素の薄い瞳、誰よりも白い肌は童話の白雪姫のようで、いつだって俺はミキちゃんに見とれていた。ミキちゃんが俺に向かって微笑むだけで、その日一日中幸せな気持ちになれた。いつでも傍に居てくれたミキちゃんのお陰で、両親がいつも家に居なくたって、年の離れた兄弟が遠くに行っていたって、寂しくなんかなかったんだ。
 それに、ミキちゃんにとっても俺は特別だった。他人には興味ないと言うミキちゃんは、俺にだけは関心を持ってくれたし、俺の前でだけは素直に感情を見せてくれていた。
 だから、そんなミキちゃんがとうとう引越してしまうことになった最後の朝、俺はミキちゃんにお願いしたんだ。俺もミキちゃんもぽろぽろ涙をこぼしながら、ぎゅっと手を握りあって約束した。
 いつか、いつかまた会えたら、俺のことをお嫁さんにしてね、って……。
「おかしくないですか、それ。もう何度も突っ込みましたけど」
 俺の回想に突っ込みを入れながら、副会長がデスクに紙の束を置いていく。書記の先輩が部活、会計がサボりで不在にしているので、俺の美しい回想を聞いてくれる観客は副会長しかいない。
 ちらりと手元の書類に視線を落とす。部活予算の申請書か。うん、活動内容および実績と照らし合わせた上で予算会議を開くべきだな。クソ面倒くせぇ。
 そうじゃなくて。
「どこがおかしいんだよ。もう何回も訊いてるけどよ」
 ミキちゃんとの美しくも儚い思い出を一蹴され、俺は不機嫌さを隠しもせず副会長を見据えた。
 こんなやり取りはもう何回目だろう。俺がミキちゃんの話をする度に、こいつは毎回毎回同じような指摘をしてくる。いい加減飽きねえのか。
「全部ですよ……まだ五月になったところなのに、もう何回目ですかその話。それよりさっさと仕事してください」
 話を終わらせる台詞まで毎回同じだ。俺は物わかりの悪い副会長にため息を吐いてみせると、しぶしぶ目の前の書類に取りかかることにする。
 俺がミキちゃんの思い出を振り返るのには、ちゃんと意味がある。やりたくないことや面倒な仕事がある時にミキちゃんを思い出すことによって、ミキちゃんに相応しい自分にならねばと奮起しているのだ。もう何年も会っていないけれども、いつかミキちゃんに会えた時、恥じることのない自分でいなければと思う。
 今だってそうだ。生徒会会長に選出されたからには、しっかりとやり遂げなくてはならない。立候補なんてしてないし、ぶっちゃけやりたくもなかったが、俺はやらなければならない。そうでなければ、いつか再会するはずのミキちゃんに合わせられる顔がない。
「……やるか」
「やるなら早くしてください」
 手元の書類から勢いよく顔を上げ、俺は副会長を睨みつけた。
「おい、そうやって出鼻を挫かれるとやる気がなくなるってわかってんのか。お前は今から勉強しようとして机に向かった瞬間に母親に勉強しなさいって怒鳴られたことねえのか」
「ありませんね、一度も。言われる前には済ませていましたから」
「……」
 ぐうの音も出なくなり、俺はふてくされたまま業務をこなし始めた。
 それが、先週の話だ。


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