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 いつなんどきミキちゃんに再会してもいいように、俺は常に完璧を目指している。だが、そんな俺でもたまには怠惰になる時がある。昨夜生徒会室に泊まったのが、その最たる例だ。
 時々、仕事が溜まると面倒になるんだよ、部屋に戻るのが。その点生徒会室にはシャワーも仮眠室もあるからな。自慢じゃないが、生徒会長になって真っ先に持ち込んだのがお気に入りのパジャマのスペアを含む着替え一式と歯ブラシだ。仮眠室とは呼ばれているが、ベッドは寮にあるのとまるきり同じだしな。
 まあ、例え生徒会室に泊まったとしても、一応部屋に戻ってはいる。花嫁修業のため、食事は全て自炊と決めているからだ。これで生徒会室にガスコンロがあればここに住むんだがな。
 そんな訳で、俺は早朝の廊下を歩いていた。まだ日は昇りかけで薄暗いが、外では既に小鳥たちが煩いほど鳴いている。まだ若干寝ぼけたまま自分の部屋を目指して進むうち、俺は廊下に人影を見つけた。
「おい、そこ。何やってんだ」
 制服を着ているので不審者ではないようだが、こんな早朝に何をしているのだろうか。
「ぁあ? 何だ、更科か」
「三条(さんじょう)じゃねぇか。何やってんだ、こんな朝早くから」
 俺はあまり夜目の利く方ではない。返事があってようやく、俺が声をかけた相手が三条風紀委員長であることがわかった。眠い目を擦りながら近づくと、俺より少々背の高い三条に若干見下ろされる。
「一昨日からの騒動で風紀は忙しいんだよ……。仮眠室でちょっとばかし休んだつもりがこんな時間だ」
「俺と似たようなもんか」
「お前の場合は面倒くさがってるだけだろうが」
 三条の部屋は俺の部屋のすぐ近くだ。並んで歩き出しながら、ふあぁとあくびをする。
「お前もな、生徒会室に泊まるのも大概にしとけよ。会長様が頻繁に朝帰りしてるって噂になっているぞ」
「噂させとけ」
 はっ、と鼻で笑い飛ばす。俺は誰にも指一本たりともそういう目的で触れさせたことがない。何しろ俺にはミキちゃんがいるからな。
 そんなことより、三条の言っていた騒動という奴が気にかかった。
「何かあったのか」
 問いかけると、三条はそのごつい肩を落として深々とため息を吐いた。
「一昨日、転入生が来たのはお前も知ってるだろ。暴力沙汰で色んな高校を転々としてきた奴なんだが、そいつが盛大に乱闘しやがってな……。あっという間に不良どものトップに収まっちまった。これで多少は落ち着くはずだが、こっちは事後処理にてんてこ舞いだ」
「そうか……」
 転入生というものは教師たちの管轄だし、喧嘩なら風紀が担当だ。生徒会に特に連絡がなかったのも頷ける。恐らく今日からは乱闘の被害にあった備品やらに関する申請や処理でこちらも忙しくなるのだろう。
「まあ、なんだ。すげーな」
 言いながら、俺はその転入生には大して興味も持っていなかった。不良クラスなど、普段顔を合わせもしない。そんな奴らは風紀の管轄だし、生徒会は運営側だしな。要するに対岸の火事ってやつだ。
「チッ……精々お前も後処理で苦しめ」
「かったるい」
 俺が興味なさそうにしているのに気づいた三条が、こちらを恨みがましく睨みつけてくる。それ以上いちゃもんをつけられる前にと、俺はちょうど良く辿り着いた自室のドアを開けてひらひらと手を振ってやった。三条の部屋はこの少し先だ。
「じゃあな」
「遅刻はすんなよ」
「はいはい」
 そんなやり取りを交わしたのが今日の、つい数時間前の話だ。
 今の俺は不良に連れ去られ、挙句転入生に押し倒されているのだから、人生何があるかわからないもんだ。


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