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 タチ専門で誰とでも寝る無節操な変態生徒会長、俺にはそんな呼称がついている。呪文のような単語の羅列は、言われた最初の頃は理解できなかったが、今ではしっかりその意味を把握できている。
 まず、タチというのは男役という意味で、その対義語にネコという女役があるそうだ。この世界では非常に変わったことに、異性しか愛せない人間が大半だという。そのためだろうか、同性で恋人同士になる場合も、男役と女役に分かれることが多いと聞いた。そして俺はタチと言われているので、男役が適切だという評価なのだろう。まあ確かに女性らしさはないしな。
 次に、誰とでも寝るということだが、確かに俺は誰とでも共に寝られるとは思う。俺は八歳の頃から近衛騎士たちに鍛えられ、王子としてはあるまじき事だが、時には野営訓練にもこっそり参加させて貰っていた。天幕すらない森の中や荒れ地で、何度夜を越しただろうか。もちろんそうやって共に夜をしのぐ仲間に身分の壁など感じるはずもない。だから俺は、それなりに劣悪な環境にも耐えられ、誰とでも寝られると自負している。
 無節操だの変態だの言われることはどうにも気にかかったが、確かに文化の違いから変態と呼ばれたことは何度かある。誤解はつらいが、いつか解けるものだろう。そのためにはもっとこの世界での常識を学んでいく必要があるな。
 そんなわけで、俺は自らの評判を完璧に理解している。
「おー、これはこれは、誰とでも寝る無節操な変態生徒会長様じゃないですか。風紀に何の用すか」
 ある日の放課後、風紀委員会と書かれた部屋の扉を開こうとしていた俺は、風紀副委員長の吉田に声を掛けられて振り返った。
「あ? それの何が悪い」
「へーえ、さっすが会長様。何しても地位は揺らぎませーんってことっすか?」
 やや小柄な副委員長が悪意を含んだ目つきで俺を見上げる。変態と呼ばれるのは遺憾だが、否定は言葉ではなく態度で示すものだ。俺は冷静に返したつもりだったが、その冷静さが尚更副委員長を煽ったようだった。
「親衛隊引っ掻き回すだけじゃ足りないってどういうことです。生徒会役員にも手ェ出してんじゃないすか」
「……」
 ぎりりと睨まれ、顔をしかめる。もともと好かれていないのは知っていたが、随分と嫌われたものだ。
 一方の俺は少々動揺していた。手を出す、という慣用句は、力添えすることを指しているはずだ。以前、副会長が荷物を運んでいるのを補助しようとした時に「手を出さないでください」と断られたから間違いない。決して卑猥な意味ではないはずだ。きっとそうだ。
「副会長には断られたな。だが、会計は喜んでたぞ。書記にはまだ声をかけたことはないが」
 何でも自力でやる副会長と力添えは喜んで受け入れる会計、それに部活優先であまり生徒会室にいない書記を思い起こして言うと、副委員長の顔色が変わった。
「こっ、このっ、変態野郎がッ!」
「貴様っ……何をする!」
 叫び声とともに胸倉を掴まれ、俺は一瞬激昂しかけた。危うく蹴り飛ばしそうになるのをぐっと堪える。気安く上半身に触れるとは、何たる侮辱! そう思ってしまってから、すぐに自らを抑え込んだ。
 冷静になれと内心で何度も唱える。手で他人の上半身に触れることは、ここでは破廉恥なことではないのだ。他人に胸倉を掴まれたのは初めてだが、副委員長の行動は常識の範囲内なのかもしれない。
 だが、俺の中の常識では、これは立派な辱めだ。罵倒の言葉が飛び出しそうになるのをこらえて噛み殺すが、副委員長に向けた表情に怒りが滲むのは止められない。
 お互い無言になって睨み合う俺たちの真後ろで、ガラリと扉の開く音がした。
「廊下で騒ぐな。……何をしている、吉田、柴咲」
 揃って振り返った俺たちを見て、風紀委員長がこの世の終わりかと思えるほど不愉快そうな顔をしていた。


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