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「わたしほんとは崎山くんのこといいなって思ってたんだよね」
 ユカちゃんがそう呟いたのは、俺が散々隼人さんの話を語り尽くしてからだった。
「崎山くんがそのひとをすっごく好きなのがわかって、ちょっと寂しいけど安心した。上手くいくといいね」
 そう笑うユカちゃんに、俺は罪悪感を覚えながら強く大輔を推しておいた。
「あのさ、俺が言うのもなんだけど、あいつまじでいい奴だし恋人大切にするタイプだから。良かったら考えておいて」
 ユカちゃんは少し迷った顔をしていたけど、やがて素直に頷いてくれた。
 それを見て、俺は立ち上がった。
「ど、どうしたの、崎山くん」
「俺今からあのひとのとこ行ってくる」
 わ、とユカちゃんが両手を頬に当てた。目がきらきらしている。
「すごい! 頑張って崎山くん!」
「おう! 当たって砕けてくる!」
「ちょ、おい、響」
「大輔くん、行かせたげて」
 思えば俺はかなり酔っていた。大輔に五千円札を押しつけ、俺は居酒屋を飛び出した。ユカちゃんが大輔の腕を掴んでいたのを見て、上手くやれよと内心でエールを送っておいた。
 大学まで徒歩圏内の俺は、つまり隼人さんの部屋までだって徒歩で行ける。まだまだ学生で賑わう道を早足で歩き、それから坂を一気に下った。
 軽く走ったせいでアルコールが一気に回る。息を切らせて隼人さんの部屋の呼び鈴を鳴らすと、少しして隼人さんが出てきた。
「どうしたんだ、急に」
「隼人さん」
 俺は腹の底に力を入れて、じっと隼人さんを見た。アルコールのせいで少しくらくらする。
「隼人さん、好きです」
「……響、酔ってる?」
「酔ってません」
「酔ってるだろ。それとも罰ゲームかなにか? 悪いけどそれなら他当たって」
 隼人さんがちょっと醒めたような目で俺を見据えた。珍しく怒ったような顔をしている。
「ちが、」
「家に帰って寝な。明日二日酔いで死ぬぞ、それ」
「だから酔って……」
「もういいから帰れって」
 ぐ、と身体を押されて玄関から押し出される。目の前でドアが閉じられて、完璧に拒絶されたと思った。
 俺が飲んでから来たから、酔っ払いの冗談だとでも思ったのか。それとも最初から俺の告白なんて迷惑だったのか。
 わからないけど、俺は過去最高に傷ついていた。
 いつでも優しいおにーさんだった隼人さんに、こんなに冷たくされたことなんてない。両目が熱くなって、涙が溢れそうになる。
 俺は隼人さんの部屋の前から駆け出して勢い良く自宅に飛び込んだ。驚く母さんを尻目に自分の部屋に入って、リモコンを引き出しの奥から取り出す。それをポケットに突っ込んで、それから着替えもスポーツバッグに詰めて、また自室から出た。
「もう、今度はどこ行くの」
「今夜おにーさんのとこに泊めて貰うから!」
 そう言うと、少し心配そうだった母さんがあからさまにほっとした顔になった。
「迷惑かけちゃだめよ」
「わかってる!」
 言い置いて家を出たけど、わかってなんかいない。自暴自棄になった俺は、隼人さんに今までで一番迷惑をかけるつもりでいる。
 このリモコン。誰が作ったのかわからないけど、悪魔みたいな機械。一度きりでいい。これがあれば、これを使えば、隼人さんは俺を受け入れてくれるかもしれない。
 涙が滲んで視界が歪んだ。


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