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 やっとの思いで自分の口の感度を初期化した俺は半泣きだった。一度も触らずに射精するレベルの感度ってやばすぎるだろ。自分でやったことなのに、何だか男としての尊厳を踏みにじられた気分。
 その夜俺は悶々としながら寝ようとして、結局寝つけなかった。汚した下着は明け方にこっそり洗った。
 翌日、俺は土曜で大学が休みなのをいいことに隣のマンションへ行き、おにーさんの家の呼び鈴を押していた。藤野隼人(ふじのはやと)さん、俺の七つ年上で二十八歳のアラサー。名前じゃなくておにーさんって呼んでるのは、おにーさんが隣に越してきた十年近く前からの付き合いだから。内心では隼人さんって呼んでるけど、口に出したことはない。
「あー誰? 響?」
「うん」
 隼人さんはめんどくさがりなのでインターフォンなんか使わない。ドア越しに声をかけられて、俺は心持ち声を張り上げて答えた。
 ドアはすぐにガチャッと開けられた。煙草をふかしながら迎え入れられて、俺は小さくお邪魔しますと言って上がる。
「なんか飲む?」
「ん」
 言いながら隼人さんが冷蔵庫から麦茶を出してくる。俺は持参してきた惣菜の入ったタッパーを渡して代わりに麦茶のグラスを二人分受け取った。ちょっと嬉しそうに中身を確認しているのを横目に見ながら、遠慮なく上がりこんでソファに座った。隼人さんの分はテーブルに置いて、俺は自分のグラスを傾ける。
 隼人さんはこのすぐ近くにある大学に入学した時からずっとここに住んでいる。とっくに卒業したのになかなか引っ越せないのは、ここが普通の部屋よりかなり広いのに家賃は安いからだ。安いのは長い坂の下にあるからだけど、隼人さん的には気にならないらしい。確かに駅前は便利だし。
「お前いっつもタイミングいいよなー」
 言いながら隼人さんが部屋に入ってきた。手には通販の箱。煙草を左手に挟んだまま器用に開けると、中からBlu-rayが出てきた。ちょっと得意げに見せてくる。
「これだろ?」
「そうそれ」
「いっつも俺の観やがって。たまにはお前も買えよ」
「えーやだ。Blu-ray高いんだよねー。おにーさん買ってるんだからいいじゃん」
 隼人さんは俺が毎度タイミングよく訪問してると思っているけど、実は俺が発売日を調べてるなんて知らないだろうな。しかも自分でも注文してるから届いたかどうか確かめてるなんて、知られたらきっと引かれる。
「はやく観ようよ。俺それ観たかったのに映画館行けてないんだ」
「じゃ開封して」
 隼人さんはビニールの開封が苦手だから、いつも俺が開けてあげてる。前になかなか開かないことにいらっとしてカッターで開けようとしたら、間違えてケースごと切ってしまったらしい。それ以来、ビニールの開封係は俺だ。
 取り出したディスクをセットして流し始める。予告編は飛ばさない。ひとつひとつ観て感想を言い合いながら、次に隼人さんが買うのはどの映画なのかチェックするからだ。次に何を買うか決めるのを聞いて、俺も帰ってから同じのを注文する。ほんと俺きもい。
 きもいくらい、隼人さんに片思いしている。


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