8奥の部屋に通されて、俺はちょっと息を呑んだ。仮眠用だろうか、安そうなつくりのベッドに環がしどけなく横になっている。えろい、と思う前に胸元が真っ赤に染まっていることに衝撃を受けた。 「環」 思わず名前を呼ぶ。後ろに着いてきていた加藤は何も言わなかった。慌てて駆け寄ると、環が気だるそうに上半身を起こした。壁に背中をついて、俺を見上げる。 「環、怪我してるのか。手当ては」 「前に言ったろ」 焦る俺に構わず、環が微笑みを浮かべる。頬にも血がついていて、こんな時なのにずきんと変なところが疼いた。 「加藤さん」 振り返ると、加藤は俺に救急箱と何故か接着剤を押し付けてきた。 「お前がやれ」 「は……」 ひとに押し付けるだけ押し付けて部屋を出て行く加藤の背中を呆然と見守る。怪我の手当てとか、擦り傷くらいしかやったことないんだけど。 「忍」 呼ばれて環に向き直る。環が俺の前でゆっくりとシャツをはだけた。幾つか傷跡がある、思っていたより筋肉質な身体。運動のために鍛えられた身体はいやというほど見てきたけど、こんなのは初めて見た。その胸に一筋、鋭いもので切りつけられた傷が開いている。 「忍、約束しただろ」 わけのわからないことを言いながら、環の指がまだ血の溢れてくる傷口をなぞった。指先が血で濡れて、それがつうっと手首を伝う。その手を俺に向けて差し出し、環が笑った。 「飲ませてやるよ」 「た、まき……」 そんなのおかしいだろ。あれは言葉のあやだ。思っているのに、言葉は口から出てこない。ふらふらと吸い寄せられる。伸ばされた手を両手で取ると、俺はそこに唇をつけた。独特の匂いがして、少ししょっぱい。ぺろ、と舌でなぞる。血を舐めたいのか環を舐めたいのか、自分でもわからない。 手首に伝った血を追うように唇を移動すると、環が目を細める。くい、と握ったままの手が引かれて胸元に寄せられた。ベッドに半ば乗り上げ、顔を近づけて傷口をそっと舐める。ぴく、と環の身体が僅かに揺れて、痛かったのか確かめたくて傷口に唇を押し付けたまま見上げる。 「もういいか」 問われて頷く。口の中は血の味でいっぱいだ。 「接着剤」 何に使うのかさっぱりわからなかったそれを引き寄せると、環がどうすればいいか指示を出してくる。言われるままに傷口を寄せて接着剤で上から覆う。接着剤が乾くまで待っているうちに血も止まった。乾きはじめた血がぬるぬるする。 「忍」 じっと俺の手元を見ていた環が、ふと俺を呼んだ。顔を上げると、すぐそこに環の顔があった。ぺろりと唇を舐められる。唇を少し離して、囁く。 「ついてる」 そして今度は間違いなく俺にキスをした。環の舌が唇を開かせ、俺の口内にぬるりと侵入する。ぬめっているのに少しざらりとした感触。頭がくらくらする。 「……は」 「たまき……」 僅かな息継ぎの間を作られて、そういえば呼吸してなかったなとぼんやりした頭で考える。 「しのぶ」 またくちづけられる。ぬるぬると俺の口の中を舐める舌を捕まえたくて、俺も舌で追う。これが正しいやり方なのかは知らない。呼吸しているはずなのに息が上がって、薄く目を開いて俺を見る環を見据えて舌を絡める。血の味がどんどん薄まってわからなくなる。 「環……」 ぐい、と身体を引き上げられた。ベッドに倒れ込み、お互いの頭を掴んでキスを続ける。ぎし、とベッドが軋んだ。 おかしくてもいい。服が汚れるのなんて気にならない。このままいつまでも環とキスしていたい。 |
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