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 携帯が久しぶりに鳴った。あまりにも珍しい出来事なので、驚いて携帯そのものを取り落としかけた。
 誰だろう。画面を確認する前に、ほとんど反射的に環であることを祈っている自分がいてかなり引く。環だったからいいけど。
「環」
『忍か。ちょっと遊びに来いよ』
 電話越しに聞く環の声が近くて、ちょっと背中がぞくぞくする。少し掠れたような低い声。それがいつもよりも妙な色気を漂わせていて、変な気持ちになりそうだ。
 何考えてんだ、俺。電話してるだけなんだけど。
「どこ」
 最低限の言葉で返答する。変に思われなかっただろうか。心拍数が上がっている。
「ダスクって店。住所いる?」
「うん」
「話通しておく」
 環から聞いた住所を地図アプリで検索する。歩いて十五分ちょい。それほど遠くはない。
 話を通すって何だろう。未成年が入れないようなところなんだろうか。歩きながら、まだ胸がドキドキしている。環とファミレス以外で会うのが初めてだから。誰かから電話があったのも久しぶりだから。理由をつけるけど、要するに俺は環の一挙手一投足に喜んでるだけだ。
 目的の店はすぐ見つかった。思った通り、半地下のバーだ。そっとドアを押して入ると、不良さんたちがいっぱいいた。正直こんなに不良さんが集まってるのは初めて見た。
「あの」
 話は通してくれたんだよな。やっと意味がわかった。手近な一人に声をかけると、ぁあ? と凄まれた。こっちは呼び出されてるんだからもう少し俺を思いやって欲しい。
「た……木場さんに呼ばれた、忍です」
 前に加藤に言われたせりふがよぎって、環と呼ぶのはやめておいた。
「お前が忍って奴か」
 なのに何で睨むんすか。話は通ってるんじゃないすかね。
「はぁ? 野郎じゃねえか」
 別の不良さんが変な声を上げてから俺をまじまじと見る。男だと何か問題でもあるんだろうか。居心地が悪いからやめてほしい。
 と思ったら、最初に俺を睨んできた不良さんに胸倉を掴まれた。髪を短く刈っていて太いチェーンのネックレスをしてるから、ヒップホップとかやってそうだ。柄悪いけど。
「お前なんかがボスに近づいてどうするつもりだ」
 前に似たようなこと加藤に言われたな。近づいてきたの環からなんだけど。
「あの、木場さんに、すぐ着くって言っちゃったんですけど」
 そんなことは言ってない。言ってないが、こうも敵愾心を向けられるとちょっと生きた心地がしない。いつ殴られるかちょっとひやひやする。今度合気道でも習い始めようか。夜やってるとこないかな。
「金田やめろ」
 驚いたことに、金田と呼ばれたそいつを制止したのは加藤だった。ちゃらそうなだけじゃなかった。ていうか加藤が一番制止役っぽくなかった。
「加藤さん」
「ボスに言われたこと忘れたのか」
 金田が喉の奥で唸って、俺から手を離す。これが動物なら尻尾逆立てて威嚇してそうなかんじ。
「加藤さんが一番不満だったんじゃないすか」
「もう納得してる」
 表情を変えずに加藤が言い切って俺の腕を掴んだ。そのままぐいぐい引っ張っていく。多分、環のところだろう。
「早くしろ」
 時間がかかったのは金田のせいだ。呆れたところで思い出した。タバスコピザ食わされたのって確か金田だったな。


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