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「あ」
 たまたま居残って課題を済ませてから校舎を出た。いつもより少し遅めの時間、いつも通りにファミレスに向かっていた時に俺は最近見慣れた姿を見つけた。
 繁華街から一本逸れた道。こっちがファミレスへの近道だからよく通っている、そこに環がいた。加藤でも新田でもない誰かに囲まれている。
「ボス、最近あそこで見かけないっすね。何かあったんすか」
「別に」
「あっじゃあ今夜は来てくれますよね、木場さん!」
 何かと思ったら下っ端あるいは取り巻き。暴力の匂いがしないことに安心する。そんな現場に出くわしたらきっと、喧嘩なんてしたことがない癖に加勢してもいいのかなとか、むしろ足を引っ張るんじゃないかなとか考えて迷うはずだからだ。
 ほっとしたのはいいけど、そこで立ち止まって環を囲むのはやめてほしい。ここ通らないと行けないんですけど。ファミレス。
 黙って見守っていると、環がふいと顔を背けた。
「今から行くとこがあんだよ」
 途端にしゅんとなる取り巻き。慕われてるんだなと思った俺の目の前で、環が腕を伸ばして取り巻きの中でも一番ちっこい奴の頭を撫でた。
「またな」
 声の調子が優しい。こんな声、初めて聞いた。うんうん頷くチビの頭を最後に一度ぽんと叩き、環が歩き出した。その姿が見えなくなってから、俺も何も知らない一般人のふりで後に続く。かなり距離あけてるから大丈夫だろう。
 それに、今夜はファミレスには来ねえだろうし。
 行くとこあんだよ、って。環が仲間の誘いも断って行くところか。それってどこだろう。不良さんたちの溜まり場か何かとは別のところなのは確定だけど。不良さんってやっぱりどっかのバーとかに溜まってるのかな。
 何となく気分が落ち込む。視線がいつもよりちょっと下をさまよう。アスファルトのざらざらした表面をぼんやり視界に映しながら歩いていくと、前方にいつものファミレスがあった。毎日のように来ているから、地面だけ見ていたってたどり着ける。
 視線を上げて、ファミレスのドアを押し開けて入っていく背中に目を疑った。汚れてはいないけど過去に何度も汚れたりしたのであろう、使い古された学ラン。ちょっとごついウォレットチェーン。え、ファミレス来るの。
 驚いて見守っていると、環は店員の案内を断って喫煙席にずかずか入っていった。ちょっとあたりを見回してから、適当な席に座る。そこで四人席じゃなくて二人席を選ぶんだ。すいてるのに。
 いつまでも眺めていたって仕方ない。俺も遅れてファミレスに入る。店員さんが案内してくれるのでいつも通り喫煙席に行った。やっぱり環。
「あ、知り合いがいたので」
 店員のねーちゃんに断りを入れて環の向かいの席に座る。今夜は環がソファ側で、俺が椅子。いつもと逆だ。
「これ。あとドリンクバー」
 俺を案内してくれた店員さんにすかさずメニューを指さして見せる環は相変わらずのマイペースだ。だけど俺はちょっとうまく言葉を出せそうになかった。なんでここに来たの。仲間に誘われてたんじゃないの。お前慕われてるんだな。そう言えばいいのに、言葉が喉の奥でつっかえてる。何でここに居るの。何もなかったような顔でさ。
 なあ、環。俺に会いに来たの。
「今夜は波打ってる」
 気づけば環が少し身を乗り出して俺の目を覗きこんでいた。驚いて身体を引きそうになるのを堪えたら全身がこわばる。
「何が」
 少しの間、環は何も言わずにじっと俺を見つめていた。俺も環を観察する。ほんとはそんな余裕なんかないんだけど、今までここまで近かったことがなくて、必死に見てしまう。睫毛が長い。髪は金髪だけど睫毛は黒い。瞳の色が俺よりは少し明るくて、だからこんな髪の色も似合うんだろう。黙っていると野生の獣のような超越感があるのに、たまに笑うと急に人間らしくなる。少し厚い唇がゆっくり開く。それを俺は目で追ってしまう。
「おまえの目。いつも静かだから」
 そう言う環の目こそ、静かだ。


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