4あれで終わりだろうとは思っていなかったが、意外なことにあの夜から俺は頻繁に環に遭遇するようになった。仲間を連れてくることもあるが、一人の時もある。俺はファミレスに来ること自体が目的のようなものだから構わないが、こう頻繁に来てメニューに飽きたりしないんだろうか。 「喧嘩とかすんの」 「たまに」 一人で来ると、環は大概俺の向かいの席に座る。二人席は広くもないし、いつもソファ側に座るのに椅子でいいんだろうか。席を代わってほしいか一度訊いたが、いらねえよとあっさり言われてからは気にしないことにした。 「お前は」 「しないよ。全然」 「そのガタイで?」 「うん」 長ったらしく説明するのも面倒なので、最低限の返答をする。俺が身体を鍛えているのは純粋に健康のためだ。人間は基本的には陽の光に当たるようにできている。夜型の生活になってから前よりは頻繁に風邪をひくようになったし、すぐ疲れるようになった。仕方がないので体力をつけるために適当に運動しているというだけの話だ。 「ふうん」 興味があるのかないのかわからない反応。環の手はトランプを切っている。 最近知ったことだが、いつもババ抜きに使っているトランプは環の持ち物らしい。しかも常に持ち歩いている。よほどババ抜きが好きなのか、それしかやらない。 「二人でババ抜きってどうなの」 カードを配り始める環の、少し俯いた頬を眺める。言葉に意味なんかない。何となく、環が喋るのを聴きたいだけだ。環の声は落ち着いていて、不思議と記憶に残る。学校が休みの日に家でぼんやりしている時、ふと思い出したりする時さえある。 「二人でもやれるだろ」 「まあね」 環はいつだって文面通りに返答する。他のゲームがしたいとか、そういう意味にとらないんだろうか。俺は頷いて、手の中にあるカードを選別する。ペアになっているカードを真ん中に捨てて、扇型に広げたカードを目の前に持ってくる。 扇の向こうで、環が同じようにカードを捨てている。手の甲に古傷。刃物か何かで切られたような、まっすぐな線。拳にたこがあるのは、それだけ人を殴り慣れているということなんだろう。 不良さんの上下関係についてはよく知らない。環が不良さんたちの中でどんな位置付けにあるのかとか、どのくらい喧嘩が強いのかとか、そういう話をしたことはない。だけど、新田や加藤の態度を思えば、少なくとも人がついて来る程度には強いのだとわかる。 環に対する恐怖は特にない。初めて話した時から、彼は理不尽に暴力を振るったりする人間ではないと、それこそ理由もなく思っていた。 「ほら、お前から」 カードを持った手を差し出されて、一枚引く。ペアにして捨てる。俺もカードを差し出す。一枚引いた環が、自分の手元からもう一枚引き出して捨てた。 ん、と差し出されたカードを選ぶ。どれにするか迷って、カード越しに環の顔を見た。甘さの一切ない整った顔立ちをしている。少し切れ上がった目つきはどちらかと言うと和風なのに、鼻筋が高いからか金髪がものすごく似合う。 「ふ」 手をさまよわせても表情を変えないので、俺は右から二枚目のカードを引いた。俺がそうするのを待ってから、環が笑みを零す。少し目を伏せて、満足そうに。 「あ」 何故だろう、環の笑みにぞくっとした。やはり恐怖ではない。それより、何かを煽られるような感覚だった。色気ってこういうことなのか。そう思ってしまった自分に内心少し慌て、引いたばかりのカードを確認する。 ジョーカーの横顔が俺に流し目をくれてにやにや笑っていた。 |
Prev | Next Novel Top Back to Index |