3「忍、お前ババ持ってるだろ」 「さあ、どうだろう」 適当に誤魔化したがババは俺のところにある。うまいこと引かせようとするが、うまいこと避けられた。 環の喋り方から無口なのかと思ったらそうでもない。ババ抜きをやりながら、環は色々と俺に話しかけてきた。お前どこのガッコ行ってんの。近くの夜学。ふうん。その煙草どこで買ってんの。コンビニ。買ったことねえわ。そんなやり取りをする俺たちを、茶髪と新田が時々変なものを見るような目つきで見ている。 「あ、ボス、俺取ってきますよ」 環のグラスが空になった途端、茶髪が椅子から立ち上がった。ボスか。どんな上下関係なのかは訊くまでもない。不良さんには不良さんのルールがある。 「メロンソーダ」 「はい」 素直に返答してドリンクバーに向かう後ろ姿を何とはなしに見送ってから、ふとあの茶髪に見覚えがあることに気づいた。ボス。あいつ、前にボスを崇拝し過ぎて泣いてた奴だ。 そう思うと、急に環もどこかで見たような気がしてきた。じっと環の顔を見る。大声で叫ぶようなタイプではなさそうだ。喧嘩の時も淡々と相手を殴り倒しそうな。そのまま眺めていると、環がテーブルに肘をついて俺を見た。 「なに」 「環さ、前に誰かにタバスコピザ食わせてた?」 「そんなことあったか」 環が新田に流し目をくれる。新田ははいと言って頷いた。 「金田(かねだ)に」 「ああ、やったな」 そうか、あれ環だったのか。何となくすっきりしたが、環はまだ俺に顔を向けたままだ。凝視されていると理由が気になる。口を開こうとしたところで、茶髪がメロンソーダとコーヒーを持って戻ってきた。 「何の話っすか」 「別に」 素っ気なく返した環は、それでも俺を見ている。今度は俺が眉を顰める番だった。 「なに」 「お前肌白くねえか」 「日に当たってないし」 「血でも飲むのか」 大真面目に言われてちょっと笑い出しそうになるが、何故か茶髪に凄い勢いで睨まれた。不良さんがやると怖ええからやめてほしい。仕方がないのでこちらも大真面目に答える。 「飲んだことはないかな」 ふ、と環が目を細めてわらった。 「じゃ、今度飲ませてやるよ」 環は冗談が苦手なのだろうか。ちょっと面白い。薄く笑い返して顔を前に向けると、茶髪と新田がまた呆然としていた。そうか。普段人前で冗談とか言うキャラじゃないんだな。 俺たちはそれから一時間ほどババ抜きをして、環だけは全勝した。何故か環が言い出して連絡先を交換することになり、それに四苦八苦してから解散した。俺だけスマホな上にアドレス交換用のアプリを入れてないから戸惑ったが、メールを送信しあえば済むことだった。中学を出てから俺のアドレス帳はほとんどからっぽになっている。そこに三人追加だ。茶髪の名前が加藤だってこと、忘れないようにしておこう。 環を先頭にぞろぞろ店を出たところで、俺のすぐ前にいた加藤が立ち止まった。 「言っておくけど、木場さんはお前が軽々しく声かけていい相手じゃねえから」 ほとんど怒っていると言ってもいい調子だった。そうだな、お前あいつを崇拝してるもんな。だけど、俺はまだ環を崇拝するほど知ってもいない。 「おい、わかってんのか」 俺は小さく頷いた。言われなくても、こっちから呼びつけたりはしない。またファミレスで遭遇したら挨拶するくらいだろう。番号を交換したらオトモダチ、とまでは思っていない。 「加藤」 少し先を行っていた環が、振り返りもせずに呼ぶ。途端、加藤がはいっと返事をして駆けていった。犬みたいだ。 俺はしばらくそいつらの後ろ姿を眺めてから、いつものように家に帰った。たまには珍しいこともあるんだな、そう思いながら。 |
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