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 俺の通っている高校は普通に週五日授業がある。もっと軽いコースもあったし、そもそも通信制にすればほぼ登校する必要はないんだけど、それまで普通の中学生をしていた俺は人間と接触したかった。夜しか活動しづらくなって初めて、人恋しいという気持ちを知った。
 いつの間にか降っていた雨はいつの間にかあがっていて、湿ったコンクリートを踏みながら俺はいつものファミレスに向かった。店員のねーちゃんが笑顔でどうぞと指し示した席に座る。メニューを決めてから、煙草を取り出して吸った。
 いつものようにぼんやり飯を食べて、終わった食器を向かい側に少し寄せる。灰皿を引き寄せてぼうっと煙草をふかしながら携帯をいじる。人間を眺めることが好きな俺は、今まで中学で付き合ってきた奴らの動向をチェックするのも好きだ。SNSに書き込まれた日記にある、誰それが付き合ってるだの、どこに遊びに行っただのいう話をひとつひとつ読んでいく。
 ふと、先ほどより騒がしくなったような気がして、俺は隣を見た。隣にある四人席に高校生くらいのにーちゃん達が座っていたのだが、食事が済んだのだろう、食器を脇に避けた彼らは何故かトランプで遊んでいる。つーかトランプなんて持ち歩くのか。
 面白いものを見せられた気分になって気づかれない程度に観察してみる。何をやってるかと思ったらババ抜きかよ。微笑んでしまったのを煙草を吸う仕草で隠した。
「なあ」
 くるり、くるりと指先で煙草を弄ぶ。唇に薄い笑みが浮かんでいるのは自覚しているが、不審がられたことはこれまで一度もなかった。
「なあ、あんた」
 ふと、顔を上げる。四人席の、ソファの方に座っているにーちゃんが、頬杖をついて俺を見ていた。というかガン見。左手はトランプを扇状に広げたままテーブルに伏せてある。
「俺?」
「そう」
「なに」
「混ざんない?」
 何に、とは訊くまでもない。ババ抜きか。そんなものもう一年以上やってない。日光アレルギーになった俺を無理矢理連れ出したクラスメイトは、肌を赤いぶつぶつまみれにした俺にドン引きしてから声もかけてこなくなって、そのままお互い中学も友人関係も卒業している。
「うん」
 ガラ悪そうだな、とは思わなくもなかった。妙にボロい学ラン、脱色して金色の髪。両耳にピアスが幾つもあいていて、左の耳たぶには拡張する輪っかみたいなのが嵌っている。だけど俺はババ抜きの魅力に負けて頷いていた。
 こっち座れよ、と言われるままにそいつの隣に席を移す。店員には声をかけなくてもいいだろう。どうせすいている。
「俺は木場(きば)ね。で、こいつが新田(にった)でその隣が加藤(かとう)」
 金髪の名前は木場というのか。その向かいに座るでかくて黒髪の奴が新田で、長めの茶髪が加藤。色分けされていて覚えやすい。
「俺は忍(しのぶ)」
 隣の席からお茶の入ったグラスを移動しながら言うと、木場は片方の眉を上げた。
「名字?」
「いや、名前だけど」
「ふうん」
「あ、じゃ俺カード配ります」
 加藤が言って、テーブルの中央に山盛りになっていたトランプを集め始めた。慣れた手つきで切り、木場から時計回りにどんどん配っていく。
「じゃあ俺も環(たまき)でいい」
 やたら可愛い名前だが、呼ばせるくらいだから気にしていないのだろう。目の前で茶髪が驚いた様子でトランプを配る手を止めている。こいつの名前なんだっけ。新田も何度か瞬きを繰り返していた。無骨そうなこいつがやると似合わないな。
「環……さん?」
「お前何年」
「三年」
「じゃタメだろ」
 環がそう言って、つまりそういうことになった。


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