明け方まで 1
深夜のファミレスには変な奴が多い。というか、妙なのが出没しやすい。多分、いわゆるマトモに暮らしてる奴がみんな自分のベッドでぐっすり眠っている時間だからだ。 大学になんか行っていないんだろう、やけにガラの悪いにーちゃんが尊敬するボスの話をしているうちに感極まって泣いているのの隣に座ったことがある。呼び鈴が鳴ったら店長が野郎の癖にすっかり怯え、代わりにバイトのねーちゃんを寄越してきたのには笑い出しそうになった。 地上げ屋かなにかが、八百坪も地上げしたのに土壌汚染が発覚してせっかくの土地がパアだと半分笑いながら電話している横に座ったこともある。話しながらダイヤが沢山ついたブレスレットをいじっているその目が全然笑ってなくて、ちょっと背筋が冷えた。 またある時は、いじめなのか冗談なのかわからないが、やっぱり別のガラの悪そうなにーちゃんが電話で他のやつを呼び出し、事情は知らないけどひたすら詫びを入れさせた上でタバスコ丸々一本かけたピザを食わせてる隣にも座った。どうなるのか気になったが、とりあえず辛すぎると人間は何より先に激しく噎せるんだなってことは学んだ。 昼間は寝て、日が暮れてから活動する。西日が遮光カーテンの隙間からわずかに射し込んでくる不快感に目を覚ましてシャワーを浴びて家を出る。年齢層がまちまちな授業に出席してからファミレスに居座って、何時間でも携帯をいじりながら人間を観察する。明け方の空が明るくなり始めたら引き上げ時で、遠くの空がちょっと白けたかんじになって、どこかの漫喫で夜を明かしたらしい会社員が醒めきった目つきで歩いているのを歩道の対岸に眺めながら帰宅。それが俺の毎日だ。 夜間定時制高校のクラスメイトとは慣れ合うって感じじゃない。みんなそれぞれの事情を色々抱えていて、会話しようとしたらそこんとこの説明から始めなきゃいけないのが鬱陶しい。家庭を持ってるやつも居れば、授業が終わってから更にまたバイトか何かに行く奴もいるから、よほどのことでもない限り誰かと遊んだりもしない。俺はいつも一人でぷらっと授業に出席して、終わったらぷらっと去る。 一度、お前いつも何してんの、と訊かれたことがあるけど、何も、と答えて終わった。実際何もしていない。深夜のファミレスで何かしらの枠から外れた人間たちを眺めている。それくらいしか、楽しみがない。 人を眺めるのが好きだ。中学の終わりに日光アレルギーが発症した俺は、日に当たると肌が真っ赤になって湿疹が出る。そうなると昼間活動するのが面倒くさい。普通に勉強して普通に高校の推薦を貰ってその準備をしていたのに、それも無意味になる。今はまだ親の世話になっているけど、そのうち何かして働かなければならない。どうしようか、迷っている俺に担任が進路を訊いてきたから、人間を眺めたいと言った。そうしたら、相手が眠っていてもいいのなら、ホームヘルパーになったらどうだと返された。一晩中眺めるだけか。そうか。それで俺は夜間定時制の高校に通うことにした。 高校を出たら福祉の専門に入る。夜間をやってる専門は案外あって、職も紹介して貰えるらしい。深夜に寝ている老人の見張りをする仕事は案外不人気らしいと聞いて安心した。やりたいと挙手すればきっとやれるだろう。 未来はわりと明るい。俺の未来はおおむね夜にあるけど。
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