2


「……お邪魔します」
 Kの恋人が住んでいる築何十年も経過した木造のアパートは、いつも通りの佇まいを見せている。合鍵でドアを開け、きちんと挨拶を述べて室内へ入る。ぱちりとスイッチを切り替えると、ジジ、という音と共に旧式の電灯が灯った。古ぼけた白熱灯は何度か明滅を繰り返してから、ようやくはっきりと明るくなる。安くてボロい代わりに少し広いこの部屋が、Kは嫌いではない。
 数日ぶりに訪問した部屋は無人だったが、彼は取り立てて気にすることもなく食材をビニール袋から取り出し、冷やした方がいいものを冷蔵庫にしまう。シャワーを借りて身体を綺麗にしてから、料理の準備を始めた。小さなダイニングテーブルに置いた携帯電話がメールを受信して点滅したが、それは確認せずにキッチンに向かう。まだ少し濡れた髪から水滴がぽとりと滴った。
 今のところ彼が交際している相手は無職の、いわゆるフリーターというものだったが、こうして自宅をあけているということは、きっと職を探しているか、あるいは何かアルバイトでもしているのだろう。彼が何度も言っていたが、本気を出せばちゃんとした職業に就けるはずなのだ。ただ、企業の見る目がなかったり、たまたまチャンスがなかったりするだけ。将来を心配したKが問い掛ける度にそう言い聞かせられて、彼はそういうものなのだろうと納得していた。まだ就職活動も始めていないKは、そもそも就職活動や一般職に詳しくない自覚がある。
 彼はまず袖を捲って流しに向かった。流しに突っ込まれていた脂のついた皿を手早く洗い、持参したクロスで水気を拭う。この家にはKの自宅には当たり前にある食洗機がない。手作業で食器を洗うのに慣れていなかった頃には誤って割ってしまったこともあるが、今ではこうした作業もお手の物だ。
 食器を片付けてから、早速食材を取り出して調理に移る。
 Kは彼が数日は食事に困らないように、小さな鍋ひとつ分のカレーを作った。これで大体二、三日分にはなるはずである。小学校の頃の調理実習で作ってからカレーはKの一番得意なメニューだ。交際相手が出来る度に料理のバリエーションは増えつつあるが、それでも得意なメニューは変わっていない。
「ん、いいかな」
 ぐつぐつと煮えていい匂いを放つ鍋を覗き込んで、Kは柔らかく微笑んだ。そのちょうどいいタイミングで、玄関のドアを開けるガチャガチャという音が聞こえてきた。彼が返ってきたのだ。
「おかえり」
 堪えきれない微笑みを乗せて、玄関に顔を出す。この部屋は少しは広いとはいえ、キッチンから玄関までがほんの数歩しかない。ドアが開いた先、見慣れた恋人の顔を見てKはにっこりと彼に笑いかけた。
「今夜はカレーを作ったんだ。お腹はすいてる? お風呂を沸かそうか」
「またカレーかよ……もう食ったからそれは明日な。それよりビールくれ」
「あ、ごめん。わかった」
 ぱっと振り向いて冷蔵庫を開ける。買ってきたビールを冷やしておいて良かった。あのまま置いていたら今頃はぬるくなってしまっただろう。ライムを軽く洗い、手早くスライスして瓶の口に差しこむ。ソファとテレビがあるきりのリビングルームに身体を投げ出した男にそれを手渡すと、彼はぐいぐいと半分くらいを飲み干した。K自身はあまりアルコールはやらないのだが、こうして人が飲んでいる姿を見るのは嫌いではない。
 Kはしばらく彼の様子を見守っていたが、男がテレビをつけて野球のダイジェストを身始めたのを契機にキッチンへ戻った。まだ少し残っていた、恐らく数日前からシンクに放り出されていた食器を洗い、作っておいた料理をタッパーに詰めて冷蔵庫に入れる。コーヒーを淹れようとして振り返ったところで、背後に男がビールの残りを飲みながら立っていることに気づいた。
「あ、お風呂入る?」
「後ででいい。それよりやらせろよ」
 男がテーブルに瓶を置いて歩み寄ってくる。直接的な物言いに、Kは思わず頬を赤らめた。
「う、うん……」
 俯きがちに頷いたKを背後から抱き込んで、男の手が彼のベルトに伸びる。金具を外され、ジッパーを引き下ろす。ジーンズを引き下げられると何だか心許ない気がして、Kは肩越しに縋るように男を振り返った。
「その、……ベッド行かない?」
「めんどくさい」
「ちょ、ちょっと待って、えっと、ここにはローションもコンドームも……」
「何か他のを用意しろよ」
 言われて、Kは赤面したまま調味料を並べた棚からオリーブオイルを取って渡した。家族から健康にいいと聞かされて、サラダ油の代わりにオリーブオイルを使っているのだ。それをセックスに使うのには少し抵抗があったが、何もないよりはまだいいはずだった。
 その間もごそごそと尻を撫で回され、時折背中がぴくんと跳ねる。シャワーは済ませていたとはいえ、いきなり行為に及ばれて嬉しい反面困惑してしまう。
「……じゃあ、これで」
「ん」
 ぱたたっ、と男の手からこぼれたオイルが床に滴った。後できちんと拭かなければ、そう思いながら出来るだけ身体の力を抜く。すこし冷たいくらいの液体を纏った指が潜り込んできて、Kは喉の奥で唸るような音を立てた。
「んく……っ」
 収縮する括約筋をぐいぐいと揉み拡げられる。肉の輪を二本の指で開かされて、体内に外気が触れる感触に背筋が震えた。ぐちゅ、ずちゅっ、と粘ついた音がする。Kはシンクに手をついたまま目を閉じてその感覚に耐えていたが、不意に襟首を掴まれて仰け反った。
「あっ」
 フローリングの床に四つん這いの態勢を取らされる。相手の意を察してそれに従うと、アナルを開いて掻き混ぜる指の動きが激しさを増した。感じさせるためではなく、拡げるためだけの動きにも性的な快感を煽られて、Kは荒くなる呼吸を繰り返しながら拳を握り締めた。
 男はひとしきり彼のアナルをぐちょぐちょと掻き回していたが、やがて飽きたのかあるいは頃合いを見たのか、自らのズボンを引き下ろしてペニスを扱き上げた。体内を捏ねる指がおざなりになって、しゅっしゅっとペニスを擦る音がKの耳に入る。期待と羞恥に体温が上がるのを自覚しながら、彼は従順に男のペニスを待った。
「ふっ、うっうああああっ……!」
 ずぬ、と肉の塊が押し込まれる。思い切り奥まで一気に突き込まれて、Kは限りなく悲鳴に近い嬌声を上げて背筋を反らせた。獣のように這い蹲って男を受け入れる。腰がぶるぶると震え、巻き込まれた粘膜がきゅうっと収縮した。
「あっはあっ、うあっああっ!」
 腰が勢い良く打ち付けられる。本来の用途が異なるオイルでは粘り気が足りず、摩擦が激しい。奥までいっぱいに開かされて擦られる感触が痛いほどで、揺すぶられる度に悲鳴混じりの声が押し出された。
「ふあっあ、や、もっと、ゆっく……り……っ! うあっ、あひっああああっ!」
 構わず突き上げられて、身体が押されて前にずれる。必死で態勢を保とうとする全身が熱い。焦点を失いかけた視界いっぱいにフローリングが広がっている。そこに、額から滴った汗がぱたぱたと落ちていく。汗が入りかけて、ぎゅっと目を閉じる。叩きつけるように腹の中をペニスで抉じ開けられ、瞼の裏で白い光がちかちかと瞬いた。
「かはっ……あ、あっあっ、ああっ!」
 床についた腕に額を擦り付けるように突っ伏し、Kはまだ一度も触れられていない自らの性器に手を伸ばした。ぎゅっと握り込むとそれだけで鋭い快感が突き抜けて、中が締まるのがわかった。男の焦ったような呻き声が耳に入る。
「くそっ……おら、もっと締めろ、よっ!」
「ひっ」
 ずぶずぶと性器を抽送しながら、男がKの尻を叩いた。パン! と叩かれて小さく悲鳴があがる。痛みのために、もともと潤んでいた瞳からぽろりと涙がこぼれた。それでも言われるまま、必死で中を締め付ける動作を繰り返す。抜ける時には緩めて、中に入ってきたら締める。そのやり方を教えてくれたのは、誰だったか。意識してそれを繰り返すと、中が蠕動してペニスに絡みついていくのがよくわかった。
「ふううっ、うんっ、んっ、んっ」
「うあっ……」
 男の動きに合わせて腰が揺れる。少し痛いくらいだと思っていた刺激も気持ちが良くて、自らの腕に顔を押し付けて喘ぐ。息苦しいせいか感覚が鋭敏になっている。指の間に握り込んだペニスから腺液が溢れ、先端がひくひくと口を開く。そこに爪を立てるようにして虐めると、思っていたよりも鋭い快感に腰が跳ねた。
「んんっあっあっあっ」
 立てていたはずの膝が体重を支えられずに崩れる。その拍子に肩がダイニングテーブルの脚に当たり、携帯電話がごとりと目の前に落ちた。それにすら構う余裕を失ったKは、男にされるがままに揺すぶられている。
「くうっ……」
 男がひときわ強くKの腰を引き寄せる。奥に向かって捩じ込まれ、射精される。ペニスが届くよりももっと深いところに精液を放たれ、それを押し込むように前後される。腰のあたりにできていた内出血が圧迫されて痛んだが、彼はそれどころではない感覚に焦点を失って喘いだ。
「ふああああぁ……」
 びゅーっ、びゅーっと射精される、その音まで聞こえてくるようだった。粘膜が痙攣している。自らの性器を扱く手が止まり、体内の感覚に呆然とする。普段は何とか言い聞かせてコンドームを使って貰っているが、生で出されるのは久しぶりだった。独特の感覚に震えが走る。
「ふう」
 中ですっかり出し切った男があっさりと性器を引き抜く。抜き取られる瞬間に嬌声を上げたKは、支えられていた腰からも手を離されてその場に崩れ落ちた。
「はあっ、はあっ、は、ふっう、……」
 まだ勃起したままのKのペニスは射精できていない。しばらくはぼんやりと虚空を見つめていたが、やがて体内から逆流してきた精液がアナルから垂れ落ちて、彼は我に返った。
「あ……」
 何とか振り返ると、男はすっかり冷めた様子で身繕いをしている。Kの尻に押し付けるようにしておざなりにペニスを拭い、着ていたシャツを脱ぎ捨てた。これからどうするのだろうと見守っていると、男はようやく彼に気付いたとでも言うようにKを一瞥した。
「シャワー浴びてくる。片付けとけよ」
 もう一回を期待していたKは、そう言われると自分の性欲が強すぎるような気になって赤面した。そうだ、彼はもう満足したのに、俺はどうしてまだ足りないだなんて考えてしまったのだろう。Kはこくりと頷きだけを返したが、男は既に彼に背を向けてバスルームへと向かっていた。


Prev | Next

Novel Top

Back to Index