3


 バスルームのドアが閉じられる音を聞いて、Kは溜息を吐いて起き上がった。座り込んだ姿勢から腰を浮かせ、わずかに尻を突き出した。後ろ手に、まだひくひくと蠢いているアナルに指を入れて、中に注がれた精液をじゅぷじゅぷと掻き混ぜる。響く快感に腰をわななかせ、もう一方の手でペニスを握った。腺液と男の精液でぬるぬると滑る。中の精液を掻き出すようにしながら前立腺を捏ねる。性器を握った手が亀頭の括れを絞り、先端に指を押し込むように何度も擦った。
「あっ、はあっ、は……」
 遠く、シャワーを使っている音が聞こえてくるのを打ち消すように粘ついた音をさせて自慰に耽る。夜とはいえ煌々と照らし出されたキッチンで自らを慰めるのが恥ずかしくて、Kは何度も顔を上げて男がまだシャワーを浴びていることを確認した。中を意識して締め付けると、精液がごぽっと塊になって床に垂れた。ダイニングテーブルの脚に額を押し当てる。少し冷たいくらいの温度に、自分がどれだけ熱くなったままなのかを思い知らされてしまう。指先で前立腺を押し上げるやり方にも、もう慣れた。
「んっ……んんっ」
 ようやく射精することができて、Kはしばらくその余韻に浸った。ぼんやりと掌の精液を眺める。糸を引く液体が指の間から垂れ落ちるのを見ていると、男がシャワーを済ませて出て来た。さっぱりした様子で、タオルでぐしゃぐしゃと髪を拭いている。
「おい、ビール」
「……あ、ご、ごめん、今……っふあ!」
 慌てて立ち上がろうとすると、態勢が変わったからか、脚の間からぐぷぐぷとまだ残っていた精液が溢れてきた。咄嗟に顔を赤らめて硬直するKへと、汚いものを見るような視線が投げつけられる。
「ほんっと使えねえな」
「……ごめん……」
「いいからどけっつってんだよ!」
「うあっ!」
 男に顔を蹴られて床に倒れ込む。痛みにぎゅっと閉じられた目に涙が滲んだ。身体を庇うように丸め、上目遣いに縋る眼差しを向ける。
「風呂上がりにはビールっつったろ。こっちはお気楽な学生と違って一日働いてんだよ」
「き、気をつける。ごめん」
「拭いとけって言ったろ、さっさとしろ」
「うん……」
 ずるずると身体をずらして退くと、男がようやく落ち着きを見せて冷蔵庫を開けた。ひんやりとした冷気が溢れて床を這う。Kは黙ってシャツを脱ぎ、それで軽く周囲に飛び散った液体を拭った。のろのろと立ち上がってバスルームへ向かう。
 ちらりと見遣った男はテレビをつけてバラエティ番組を見ていた。精液に塗れたシャツを洗濯機に入れてスイッチを押す。一人きりでシャワーを浴びていると、温かな湯に混じって涙が零れた。頬骨のあたりがじんじんと痛む。
「うっ……ううっ……ふ」
 どうしてだろう、かなしくて堪らない。ぽろぽろと流れる涙は、いくらシャワーで流しても途切れることを知らないようだ。しばらく涙が流れるのに任せ、少し落ち着いてからKは中に出された精液の処理をした。
 ぼんやりと排水口に流れ込む濁った体液を眺めながら、それでも手つきだけは淀みがない。喉の奥で子犬があげるような音を噛み殺し、Kはぐすぐすと鼻をすすりながらタオルで身体を拭いた。
 シャワーからあがり、項垂れたまま下着とスウェットを身につける。ごしごしと髪をタオルで擦り、それからようやく顔を上げた。
「あ……」
「……悪かったよ」
 すっと顔色を青褪めさせたKの前に、男が立っていた。いつから見られていたのだろう、壁に凭れていた男が歩み寄ってくる。
 戸惑っていると、先程とは打って変わって気遣うような表情で手を伸ばされた。肩が小さく跳ねたが、それでもされるがままに身体を預ければ、ぎゅっと腕の中に抱き込まれた。水分を含んだままの髪から滴った雫が男の服にぱたぱた落ちる。
 暖かな体温に包まれると、嗚咽が込み上げてきた。
「う、うう……ふっううう」
「あー、だから、悪かったって。俺が悪かった。ちょっとイライラしてたんだよ」
 今度こそ声を上げて泣き出したKをそっと揺すり、男が彼の頭にキスを落とした。
「ひっひど、あんた、ひどいよ……い、痛かった……」
「だからごめんって。な、わかってくれるだろ、俺も大変なんだからさあ」
「うん……」
 Kは俯いたまま、恐る恐る男の背中に腕を回した。シャツをぎゅっと握る。顔を摺り寄せると、涙がシャツにじわじわと染み込んでいくのがわかる。蹴られた頬が鈍く痛んだが、それでも、こうして優しくされるともうだめだった。
「腫れちまったな」
 男の指先がKの顎にかかり、そっと顔を持ち上げる。腫れ上がった頬は、ひどい痣になるだろう。そこを指の背で撫でられると、ささやかな痛みと安堵が広がった。
「あんたが好きだよ……」
自分に言い聞かせるように囁いて、Kは男にしがみつく腕の力を少しだけ強めた。


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