Kの幸福な私生活 1
それじゃいつまで経っても幸せになれないだろ。そう言われて、Kは同じ大学でいつもつるんでいるAに相談することをやめることにした。
Kは理工系の国立大学の学生だ。見た目はわりと普通だが勉強は昔から得意で、真面目にやっているうちにあまり苦労することもなくするするとこの大学に入学した。四人家族で、中学生の妹がいる。家は裕福というほどではないものの金銭に困ったことはなく、ごく一般的な家庭に育ったと言っていい。
そのKは、ひとつ秘密を持っていた。それは、男が好きだということだ。
中学生になったあたりから周りとの違いに悩まされ、そのうちちょっとしたきっかけから自分がゲイだと気づく。恐らく多くのゲイが辿った道をKもまた辿り、初めて男に身体を許したのが高校一年の時だった。以来、四年間、Kは様々な男と付き合ってきた。
Aの親友と呼ばれるようなポジションになったのは、この大学に入った初日のことだ。堅苦しい入学式が終わって何となくぱっとやりたくなったKだったが、たちの悪い奴にしつこくされ、辟易して帰ろうとしたところでばったり出会った。ゲイであると知っても普通に接してくれて、時には相談に乗ってくれるAとつるんでいるうちに、いつの間にか大学で二人はセット扱いされるようになっていた。
つるんでいる二年間にAから散々言われたのだが、Kには男を見る目がないそうだ。男運がないと言ってもいい。彼が交際する相手のことごとくが何らかの問題を抱えており、Kは何度も交際相手に裏切られたり、棄てられたり、あるいは遊ばれたりを繰り返していた。酷い時は相手が偽名を名乗っていたこともあって、その事実が発覚した際には大層傷ついたものだった。
「優等生ほどダメな男に惹かれるって言うけど、お前はその典型だよな」
呆れたように言いながらも、Aは心配そうにしている。二人きりで入った居酒屋の個室は妙に広くて、何だか居心地が悪い。Aが表面に水滴の浮いたレモンサワーのジョッキを掴んで、ぐいと一口飲む。それから、じっとKを見据えた。
「それじゃいつまで経っても幸せになれないだろ。もっと自分を大切にして、ちゃんとした相手と付き合えよ」
「……」
そう言われて、Kは黙って俯いてしまった。その視線の先で、携帯電話がちかちかと点滅している。
彼からだ。早く内容を確認したくてそわそわしていると、ため息をついたAが伝票を掴んで腰を上げた。
「ほら、出るぞ」
「うん」
Aのこういう気遣いのできるところが、彼の人気の所以なのかもしれない。内心で感謝しながら会計を割り勘にして、KはAと別れた。
電車を乗り継いで、通い慣れた道を進む。駅前から少し歩くと周囲は住宅街になって、急に人通りが少なくなる。
「……今度こそ、ちゃんとした相手だと思うんだよ……」
Aに鋭く指摘された内容を反芻しながら、意気消沈したKはひとり夜道を歩いている。あの時返せなかった言葉を呟いてみても、それを聞く相手はここにはいない。
毎回相談に乗ってくれるAに感謝していない訳ではなかった。Aはヘテロセクシャルだ。今は特定の彼女がいないはずだが、ゲイに対しての嫌悪感はない。彼はいつだって親身になってKの話を聞いてくれていた。だが、いくらKが自らを律することに長けていたとしても、こればかりはどうしようもなかった。
恋は、望んでするものではない。とめどなく落ちてしまうものだからだ。その結果何度傷付くことになってしまったとしても。
Aの気遣いはありがたかったが、どうしようもないことばかりをいつまでも相談し続けることはできない。彼にも迷惑をかけるばかりで、相談する度に相手が困惑していることには、Kも気付いていた。
「うん。彼は、ちゃんとした人だよ」
どことなく晴れない気分を向上させようと、Kは足元に向けられていた顔を上げた。
幸い、二十四時間営業のスーパーはすぐ先にある。何か食材を買って、それで恋人の家を訪問しよう。今夜は彼が部屋に居てくれるといいな。そこまで考えて、彼は歩みをわずかに速めた。そうと決めたのなら、何を作るか考えなければならない。
Kはスーパーに立ち寄り、必要な分の食材と、それからビールの六本入りの箱を買って明るい店内を後にした。彼の現在の恋人が好んで飲むのは、少し軽口の海外のビールである。ライムを絞って飲むのがお気に入りだと知っているので、それもちゃんと買っておいた。彼の部屋を訪問して、もしも本人がそこに居たのなら、スライスしたライムを瓶の口に差して渡すつもりでいる。
ビールの箱を揺すぶらないように気をつけて抱える。Kは街灯に照らされてくろぐろとひかる地面に影を引きずりながら、すっかり通い慣れた道を歩いていった。
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