中編ベンチの真後ろ、ちょうどベンチと木の陰が涼しそうなあたりに横たわる学年主席。その彼に、木々の間から芝生を踏んで近づいていく生徒がひとり。そいつには見覚えがある。というか、見覚えどころではない。 「……まずくないか?」 俺が思わず自問してしまうくらい、奴はこの学園では有名だ。 白髪かと思うほど酷く脱色された金髪に、ところどころ入れられたピンク色のメッシュ。そんなふざけた髪型をしている奴は学園でも一人しかいない。今年中等部から高等部に上がってきたばかりの、所謂不良クラスを仕切っている奴だ。喧嘩の仕方がえげつないってことで、ついたあだ名が魔王。ちょっと笑えるセンスだが、本人を目の前にすると途端に笑えなくなる。 ただ喧嘩が強くて不良クラスを仕切っているだけならそれほど有名になることもない。だが、あいつは一年の不良連中をまとめ上げたばかりか、二年のトップまで倒した実績を持っている。奴がそれで一週間停学になった時、俺も風紀委員室で同席していたからわかる。中等部の頃も長いこと不良どもの覇権を握っていたそうだが、まさか高等部でもやらかすとは。そう言って風紀委員長共々頭を抱えたのはまだ記憶に新しかった。 教養の範囲で空手や合気道をかじった程度の俺が手出しをしてどうこうなる相手ではない。握ったままの携帯電話から風紀委員長の番号を呼び出す俺の視線の先で奴は歩みを止め、学年主席を見下ろして首を傾げた。学年主席は相変わらずスヤスヤと平和そうに眠っている。 そうそう、そいつ学年主席なんだよ。十二年連続皆勤……じゃねえか、十一年連続皆勤の超優等生なんだ。多分お前に喧嘩売ったことはねえしこれからも売るこたあねえから見逃してさっさとどこか行け。そいつ来年には卒業するし。 電話の呼び出し音が続く中、内心でそんなことを唱える。つっても口に出してねえから奴にはまるっきり伝わってねえけど。そんで委員長は早く電話に出ろ。 委員長が電話に出るのを待ちながら、俺は奴が学年主席に手を上げるようなら飛び出して庇うつもりだった。俺は生徒会長様だからな。罪もない生徒をみすみす暴行に晒したりしない。 俺が全身を緊張させ、身じろぎもせずに奴の動向を見守る前で、奴はしばらく黙って学年主席を見ていた。奴は動かない。従って、俺も動かない。 「ん……」 不意に、学年主席が小さく身じろいだ。俺の方を向くように横を向いていたのが、ゆっくりと仰向けの状態になる。体勢としては、彼を見下ろす不良の方へ向き直ったと説明したらいいだろうか。あのバカ、今動くんじゃねえよ……。つうか起きんな。絶対起きんなよ。 魔王というよりは四天王の中で一番強い奴っぽい外見をしたあいつが、ふと屈み込んだ。手がゆっくりと伸ばされ、学年主席の目にかかった髪をよける。 はあ? 何やってんだあいつ。 飛び出すべきなのか躊躇ったのは、奴の動きがごく緩慢で、誰かに危害を加えそうな感じではなかったからだ。決して俺がビビってた訳じゃない。違うからな。 そこでやっと、鳴り続けていた呼び出し音が途切れた。俺は慌てて身を隠すように樹の後ろに回り込み、携帯を耳に押し当てる。 『どうした、いたのか?』 「いた。裏庭の、さっきのベンチだ」 『ああ? 別に連行するんでもねえし、お前が事情訊いておいてくれりゃ……』 「違う、あいつもいるんだ」 『……どいつだ』 俺の切迫した小声で察したのか、風紀委員長の雰囲気が張り詰めたのがわかる。俺は話しながら、奴に気づかれていないか、学年主席が無事なのかを確かめようと樹の陰から顔を出した。 「……は、あ?」 そして困惑した。 『おい、どうした。何かあったのか』 電話の向こうから委員長が声をかけてくるが、それどころではない。俺は呆気に取られて奴の行動を凝視している。 奴は、二学年まとめた不良のトップは、芝生で眠る学年主席にキスをしていた。多分触れるだけのキスで舌は突っ込んでないとは思うが、長い。そんでもって学年主席は気づかずに相変わらずぐっすり眠っている。 |
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