後編


 しばらくキスをしていた奴は満足したのか一旦顔を上げたが、その目は学年主席をじっと見ている。それから、奴はおもむろに学年主席の頬や額にちゅっちゅっと何度も軽いキスを落とし始めた。何というか、その、愛情たっぷりな感じで。
 いや、ちゅっちゅって何だよ。は? こいつら知り合いだったのか? 皆勤賞の万年一位と? どういうことだ。どこで知り合うんだよ。誰か説明しろ。
 動揺する俺の耳にはもう委員長の声も届かない。やがて学年主席が再び身じろいだのを契機に、奴は最後に彼の首筋に吸い付いたあと、立ち上がって満足そうに頷いてからさっさと立ち去ってしまった。
 後に残されたのは、あんなことをされておいてまだ寝ている学年主席と、立ち尽くす俺だけだ。
「何なんだありゃ……」
 もう隠れる必要もなくなり、俺は呆然とたった今目撃してしまった謎の事態を反芻した。おかしいだろ。何もかもおかしいだろ。
「……っ、おい、何があった!」
 背後から芝を踏む音と共に、風紀委員長が現れた。走ってきたのだろうか、髪が少しだけ乱れている。
「あー、そのな……」
「ふああ、あーよく寝たー」
 俺が混乱しながらも説明しようとしたところで、ふと学年主席が目を覚ましたようで、ベンチの裏からむくりと起き上がった。うーん、と軽く背伸びをしてからやっと俺たちに気づいたようだ。不思議そうな顔で首を傾げる。
 散々キスされて起きなかったのもそうだが、これだけ近くに堂々と立ってる俺たちに気づかなかったとは、なかなか大物だ。今までは成績優秀であっても目立つタイプではないと思っていたが、評価を改めるべきかもしれない。
「……あれ? 会長、風紀委員長、何でこんなところに?」
 それは俺も訊きたい。さっきのあれは夢だったんだろうか。あれか、白昼夢ってやつか。色々あったし、俺もちょっと疲れてんのかな。
「お前は、」
「いや、何でもない」
 早速状況を問い質そうとした風紀委員長を制し、俺は緩く首を振った。
「皆勤賞常連のあんたが授業に来ていないって、先生が心配してたぞ。帰りに職員室にでも顔を出しておいてくれ」
「あー、それは悪かった。わざわざありがとう」
 途端に申し訳なさそうな笑みを浮かべる学年主席の襟元に、キスマークが覗く。間違いない、さっき奴がつけたものだ。俺は思わず彼に質問を投げかけた。
「ところであんた、魔王って知ってるか」
「えーと、一年の?」
「ああ」
 学年主席はぱちりとひとつ瞬きをして、不思議そうな表情で頷いた。
「噂くらいなら」
「そう、か……。なら、いいんだ」
 魔王はあれなのか、会ったこともない初対面の人間の寝込みにキスをする趣味でもあるのか。どんな性癖だ。わからん。いや、わかりたくもない。
 というか、よく見るとこいついい感じに平凡だな。不細工でもないが目立つところもない、ごく普通の顔立ち。まさに俺の好みのタイプそのものだ。俺が風紀委員長と付き合うことにさえなっていなければ、声をかけていたかもしれない。
 内心で思ったことがどうやって伝わったのか、委員長が俺を横目で睨みつけてきた。しまった。
「あー、その、なんだ。何かあったら相談しろよ」
「? はい」
 俺はこれ以上風紀委員長を不快にさせる前にと、もの言いたげな委員長の腕を掴み、学年主席に軽く手を振ってその場を立ち去った。まあ少なくとも奴が学年主席に喧嘩をふっかけることはなさそうだし、しばらくは様子見だ。
 それに、落ち着いて思い返してみるとそれは何だか面白い事態の前触れのようにも思える。何というか、魔王の態度にはあれがあった。ラブだ。
「ふっ」
「おい、また変なこと考えてんじゃねえのか」
 小さく笑みをこぼした俺に何かを察したのか、風紀委員長が呆れたような笑顔を返してくる。その反応が気に食わなくて、奴のネクタイを掴んで軽くキスしてやった。驚いて立ち止まった委員長のネクタイを離し、置き去りにする。
「はっ、ざまーみろ」
 心配しなくても、俺はお前の恋人ってやつだし、あいつは売約済みだと思うぜ、多分な。
 すぐに追いついてきた委員長と他愛もない舌戦を開始しながら、俺は笑った。

End.


Prev | -

Novel Top

Back to Index