後編


「せっかくだから俺が直々にアドバイスしてやる」
 そう言うと、それまで笑い半分だった風紀委員長が真顔になって会長を見据えた。眉を跳ね上げたものの、会長は聞く姿勢になっている。
「いいか、お前の告白には心が籠もってねえ。お前とりあえず顔が好みだと思ったらさっさと捕まえようと躍起になりすぎなんだよ。お前も相手をよく知りもしねえ、相手は生徒会長様なんて大物にビビってる。それで上手くいく訳がねえだろ。どんな数字でもゼロで掛け算したらゼロになるに決まってんだよ」
「……じゃあどうしろってんだ……」
 風紀委員長はワイルドな見た目に反して理詰めでものを考えるタイプだったらしい。反対に、会長は指摘を受けてもそこからどうしていいかわからない様子だ。ふてくされた顔をしてもイケメンなのは尊敬するけど。
「ハァ……仕方ねえな。いいか、告白ってのはこうやるんだ」
「う、わっ」
 言いながら、風紀委員長が掴んだままだった会長の腕を強く引き寄せた。体勢を崩した会長が、風紀委員長の胸に倒れ込む。風紀委員長は彼をそのまま抱き締めると、耳元に囁いた。
「なあ、俺はお前が箸にも棒にもかからねえような平凡顔が好きだって知ってる。俺なんか好みどころかその真逆だってことも自覚してる。だけどな、本当に大事なのは見た目の面の皮一枚じゃねえ。中身だろ」
「そう……だが……」
 くぐもった声には勢いがない。風紀委員長の手が、ゆっくりと会長の頭を撫でた。
「俺はみんなが褒めそやす会長様じゃなくて、お前の中身を見てんだよ。……なあ、俺がお前を好きだって言ったら、お前は俺が平凡顔してないからって振るのか……?」
 優しい囁きは懇願にも似て聞こえる。会長はゆっくりと顔を上げると、一度風紀委員長を見上げてから俯いた。
「そんなわけ、ねえだろ……」
 弱々しい声で呟くさまを見ていると、本当に会長本人なのか疑ってしまいそうだ。何様俺様生徒会長様はどこいった。
 風紀委員長が手を会長の頬に添え、顔を上げさせた。折しも風が吹き抜け、会長の艶やかな黒髪を揺らしていく。乱れた髪を手櫛で整える風紀委員長の顔は、見たこともないくらい穏やかだ。
「じゃあ、言わせてくれ。……お前が好きだ。ずっと好きだった。もうお前が振られて落ち込んでるとこなんて見たくねえんだよ。なあ、俺にしろよ。俺と付き合ってくれ」
 沈黙が落ちる。
 会長の頬がじわじわと赤くなり、それから小さく頷いた。途端に風紀委員長が破顔一笑して会長を抱きすくめる。
「……お前の顔が平凡だったら完璧だったけどな」
 風紀委員長の肩に顔を押しつけ、会長が憎まれ口を叩く。だけどその顔は緩んでいて、確かに幸せそうだった。
 遠くから予鈴が聞こえてくる。風紀委員長が穏やに会長を促し、二人はゆっくりと校舎へと歩き去っていった。
  後に残された俺は、ちょっと自分の見聞きしたものが未だに信じきれずに呆然としていた。つまり俺は、まさかのカップル成立に立ち会ってしまったわけだ。
 風紀と生徒会は犬猿の仲だったはずが、トップ同士でくっついてしまった。しかもあの平凡好きな会長が、イケメンの代表格ともいえる風紀委員長と。
 これは波乱が起きそうだ。
 ぼんやりと二人の去った方を眺めていた俺の耳に、授業開始のベルが届く。
 やっちまった、遅刻確定だ。
 腰を浮かせかけた俺は、しかし思い直してその場にごろりと横になった。
 会長が風紀委員長とくっつくぐらいだ、皆勤賞常連の学年主席が昼寝のしすぎで寝過ごすことだってあってもいいだろう。
 暖かな陽気の中、それ以上に暖かい気持ちになって俺は目を閉じた。

End.


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