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 上将軍シンシュウランとその副官であるセイショウカンが失踪したため、現在はカクウンチョウが暫定の上将軍として軍部を掌握している。
 カショクの上官であるアルダイスイはそれを歓迎している様子で、用事もないのにちょくちょく彼の執務室に顔を出している。カクウンチョウも彼を重用する気があると見えて、文句一つ言わずに歓迎するものだから、アルダイスイの行動にもますます拍車がかかっていた。
 今日もアルダイスイはカショクを伴って軍機処のカクウンチョウの執務室を訪れようとしていた。その執務室からカクウンチョウ本人が出てきて、アルダイスイはさっと彼に一礼し、行き先を尋ねた。
「カクウンチョウさま、どちらへ?」
「丞相に呼ばれていてね。アルダイスイ、カショク、お前たちも来るといい」
 そう言って、さっと回廊を歩き始めたカクウンチョウの後に続く。
 大貴族出身のカクウンチョウは同じ貴族出身の軍人たちから受けがいい。いわゆる貴族派であり、平民は軍で出世すべきではないという考え方に賛同しているからだ。それに加え、多くの部下たちをしっかり覚えており、こうやって名前を呼んでみせられるところも、彼に人気がある理由のひとつだろう。
 カショクはちらりと自分の前を歩くアルダイスイを見る。丞相の許へ向かうカクウンチョウに伴えることが誇らしいのか、その頬にうっすらと笑みを載せていた。彼はもともとカクウンチョウを尊敬していたが、最近では信奉者と言ってもおかしくないほどの傾倒ぶりだった。実際に現在軍部を掌握しているのは彼なのだし、間違いはないのだろうが、どうも行き過ぎている気はしなくもなかった。
 丞相であるホウジツの執務室に到着し、カクウンチョウが名乗る。取り次いだ衛士に案内されて、カクウンチョウとアルダイスイが入室した。上将軍代理とその補佐官は丞相に面会する権利がありるが、自分のような補佐の補佐にはそれがない。部屋の外でしばらく待っていると、やがて扉が再び開かれてカクウンチョウとアルダイスイが出てきた。
「外で待たせて悪かったな。内容は簡単なものだ。行方不明となっているシンシュウランとセイショウカンに追っ手を放ち、同時に王都にあるそれぞれの自宅で家人を抑える手はずになった」
 さらりと微笑んで、カクウンチョウがそう言った。アルダイスイは横で重々しく頷いている。
「丞相の許可が取れたことだ、後は吾の采配でどの軍を派遣するか決めることになる。……そうだな、アルダイスイ、お前にはシンシュウラン及びセイショウカンの追跡を頼みたいが、どうだろう」
「卑職でよろしいのですか」
 カクウンチョウの提案に、アルダイスイが喜色を露わにした。実際に派遣される軍の目的地は三箇所に分かれる。シンシュウランの自宅、セイショウカンの自宅、そして彼らが姿を消したヨウコク。この三箇所なら、ヨウコク行きが花形だ。それを任されたアルダイスイは笑みを抑え切れない様子でいる。
「ああ、勿論だ。吾はお前に期待していると、前々から言っているだろう?」
 柔らかく微笑んだカクウンチョウが、さらりと肩にかかった鳶色の髪を払う。高貴な血を示す色だ。
「ヨウコクは頼んだ、アルダイスイ」
「はっ。卑職にお任せください、カクウンチョウさま」
 ぽんと肩を叩かれ、アルダイスイは背筋を正して頷いた。それを楽しげに見守り、ひとつ頷いたカクウンチョウが立ち去っていく。敬礼したままそれを見送ったアルダイスイに、カショクが恐る恐る声を掛けた。
「しかし、アルダイスイさま……まだ確たる証拠もないのに、シンシュウランさまとセイショウカンさまを追うのはいささか早急ではありませんか?」
「何を言う、カショク」
 ようやく顔を上げたアルダイスイが馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「陛下及び前王太子妃殿下弑逆の下手人はシンシュウラン、そしてセイショウカンはその共謀者に違いない」
「しかし……」
「くどい。これはカクウンチョウさまのご命令だぞ」
 当然のように言われるが、その証拠は未だに挙がっていない。反論しようとしたカショクは、言葉を遮って叱りつけられ、頭を下げた。
「……申し訳ありません」
「ふん、わかればいい。……行くぞ、今日中にはヨウコクへ出立せねばならない」
「はっ」
 踵を返して軍機処へ向かうアルダイスイにつき従いながら、カショクは漠然とした不安のようなものを念頭から消すことに専念した。


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