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 瑞祥が一旦は帰ってしまった天上からこの地上に戻ったことによって、コウライギの王位は揺るがぬものとなった。それにより、ホウテイシュウは瑞祥とグエンの護身術の講師をする傍ら、丞相の後継として学んでいる。本来は他の王子が就くべき立場だが、現在その地位に就ける王族はいない。五年間のチョウハク国での遊学という空白期間は無駄ではないが、コウ国の政治についてはまだまだ学ぶ余地があった。
 それぞれの尚書たちの下について順に各部の運営について学んでいるホウテイシュウは、霽日宮に入ったところで違和感に眉を寄せた。宮内はどこか浮き足立ち、官吏たちも女官たちも不安そうな顔をしている。
「……何か、あったのですか」
 王は瑞祥や前王太子妃、コウクガイ王子たちを伴ってヨウコクへの小旅行に出ている。ほんの数日の旅程ではあるが、そのために王が当面必要な政務を片づけていたことをホウテイシュウは知っていた。何か予想外のことでも発生したのだろうか。それも、良くない何かが。
 ホウテイシュウに問い掛けられ、官吏が慌てて頭を下げる。ホウテイシュウ自身は未だに役職についてはいないが、そう遠くないうちにホウジツの後を継いで丞相になることは官吏なら誰でも知っていた。
「今朝方ヨウコクからの早馬が参りまして、何か変事があったようでございます。……陛下が、害されたのではないかと、朝から噂になっております」
「……! ありがとうございます」
 それ以上の情報は知らないのであろう官吏に礼を言い、ホウテイシュウは広間への道を急いだ。
 広間では尚書たちが集まり、喧々囂々となっていた。内容は王と、前王太子妃についてのことだ。
「あの噂は本当のことなのか」
「万が一陛下がお隠れになったのだとしたなら早く次の王を決めるべきだ」
「それよりも前王太子妃はチョウハク国の王女である、それをコウ国が害したとなると開戦の恐れが……」
「次の王にはやはりコウレキスウ殿下が……」
「何を言う、陛下は後継にコウクガイ殿下をお選びになっていたのだぞ!」
 ホウテイシュウは唇を噛み、ホウジツの姿を探した。何があったのか、正確な情報が欲しい。この場にシンシュウランがいないのが惜しかった。ああ見えて彼は情報の収集が誰より速いのだったが、彼は陛下と共にヨウコクにいるはずだった。
「丞相!」
 誰かが声を上げ、それによって一同の視線が扉へと向けられた。折しもホウジツが入ってきたところで、彼は険しい表情で尚書たちを見渡した。
「早馬から伝えられた内容はまだ公表していない。諸兄らは憶測でものを言うなか」
 いつになく強い口調のホウジツに圧倒され、尚書たちが静まり返る。ホウジツは皆の前に進み出て、じっと彼らを見た。
「……今朝、ヨウコクから早馬が来た。陛下と前王太子妃が上将軍を伴い散策に出たが、前王太子妃は殺害され、陛下は斬り落とされた右腕を残して失踪、同じく上将軍もまた失踪している。瑞祥及び王子、王女は本日帰路についているはずだ」
 途端に広間は蜂の巣をつついたように騒がしくなった。
 ホウテイシュウは呆然と父親の言葉を聞いた。尚書たちのざわめきが一瞬遠ざかったように錯覚する。それほど、告げられた内容は衝撃的だった。
 目を見開いて硬直するホウテイシュウとホウジツの視線が合う。ホウジツは痛ましげに眉を寄せ、ゆっくりと首を振った。それから、尚書たちに向けて言葉を続ける。
「最悪の事態を考えて動く必要があるだろう。上将軍が陛下と前王太子妃を弑逆していた場合、チョウハク国の反感を買う可能性がある。また、既に下軍に命じて陛下の捜索に当たらせているが、陛下に万一のことがあれば次の王を立てる必要もある。陛下と上将軍がどちらも不在である以上、一旦は我が国政の指揮を預かることとする」
 ホウジツの言っていることはもっともだ。ホウテイシュウは唇を噛んで俯いた。
 瑞祥は、彼はどうしているだろうか。愛する相手の生死が知れなくなって、泣いているだろうか。ホウテイシュウの胸は締めつけられるように痛んだ。


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