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 辺りは見渡す限りの雪だ。曇り空からの光はそれでも雪に反射して眩しく、コウクガイは目を細めながらぼんやりと雪を眺めた。
 雪景色の中を進んでいく一行は誰もが沈鬱な表情を浮かべ、あたかも葬列のようである。来たときにはセツリが乗っていた馬車は、今は彼女の遺体を運んでいる。
「殿下、馬車へ戻られますか」
 近くを馬で進んでいた衛士の一人が問い掛けてきたが、コウクガイは黙ったまま首を横に振った。
「……かしこまりました。いつでもお声掛けください」
 頭を下げた衛士がコウクガイを気遣ってまた少し離れる。彼が察した通り、コウクガイは今は独りになりたかった。
 母が死んだと聞いて、コウクガイは確かに衝撃を受けた。悲しみもこの胸にある。だが、どこかでこんな事態を予感していた部分もあった。母は王妃という立場に、あるいは国母となる夢に拘りすぎていた。それが彼女の拠り所であるとはわかっていたが、その夢が彼女を破滅させてしまうとわかっていれば、自分も何か出来ただろうかと思わずにはいられない。
 セツリは、あまり周りには知られていないが、その儚い美貌に反して意外なほど武術に長けた人だった。妹のグエンはホウテイシュウから護身術を学んでいるが、コウクガイはいつか王になるという彼女の希望のもと、セツリから直接学んでいた。彼女は優れた教師でもあった。単純な技量の問題なら恐らくホウテイシュウを超えるだろう。その教えを受けたコウクガイもまた、技量にはそこそこ自信がある。ただ、どうにも本番に弱いたちで、その実力が上手く発揮されたことはなかったけれども。
 だから、疑問に思うのだ。シンシュウランは間違いなく国一番の使い手だが、かなりの達人である陛下と、そこまで至らずとも武術に長けたセツリの二人で相対してどちらも死んでしまうようなことがあるだろうか。どこか、おかしいように思える。
 セツリは袈裟懸けに一刀のもとに斬り伏せられていたと聞いた。それが正面と背中、どちらからのものか、コウクガイは見ていない。館に運ばれた時、彼女の遺体は発見した衛士の外套に包まれており、その遺体をわざわざ暴くような者はいなかったからだ。
 もし、母が斬られたのが背中からだったとしたら。そうしたら。
「……はあ」
 そうしたら、何がわかると言うのだろう。
 シンシュウランがセツリを先に不意打ちしてから陛下と剣を交えたと仮定したところで、コウクガイはため息をついて顔を伏せた。跨がった白馬の鬣を撫でる。灰色がかったそれを指で辿りながら、行き詰まった仮定を放棄する。
 コウクガイの手に気づいた馬がぶるりと頭を振る。少し振り返ってこちらを見つめる大きな目に薄く微笑んで見せてから、彼はそっと前方へと視線を流した。二台の馬車を囲んで長く伸びる行列は雪の中を黙々と進んでいる。手前の馬車ではきっと、ナナイがセツリを想ってまだ泣いているのだろう。
 本当は、違う形であればいいと思っている。シンシュウランではなくセツリが陛下に血を流させたのだとしたら、コウクガイはその責によって王位継承権を失う。それが事実であってくれたらと、そう考えてしまう自分は薄情なのだろう。
 グエンのように、あるいはナナイのように、きちんとセツリの死を悼めない自分が、コウクガイは嫌で堪らなかった。


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