18


 あれだけの大人数で夕食をとるのは初めてだった。言葉が通じない振りをしなければならなかったことは残念だったが、皆で囲んだ卓は和気藹々としていて、集まった人々の会話を聞いているだけでも楽しかった。皆の前ではグエンはいつも通りのツンと大人ぶった態度だったが、それでも言葉の端々に初めて見聞きした様々なものへの興奮が溢れていた。ホウテイシュウは笑顔でそんなグエンの聞き役を務めていたし、シンシュウランは何やらコウライギにちょっかいをかけては気易く肘でつつかれていた。同じ卓にセツリの姿もあったが、思っていたよりも動揺せずに済んで徹は安心していた。
 王都から少しばかり離れていることもあり、普段とは異なるものが食事に出てきたのも楽しかった。徹はあれこれとコウライギやライソウハに世話を焼かれながら食事を終え、自分のために用意された部屋へと戻ってきた。
 ここまで案内してくれたライソウハは湯の用意を整えてから、用人たちの手伝いをしてきますと言って引き返していった。だから、この部屋にいるのは徹だけだ。
 湯を使ってから首輪をつけ直し、いつもの癖で窓辺に近づいて外を眺める。すっかり陽の落ちた外は暗いが、月明かりが雪に反射してぼんやりと白い。その先は森になっていて、木々が被った雪の下は切り取られたように黒かった。木々に積もった雪が全て落とされる王宮では見られなかった光景だ。
『お前は外を眺めるのが好きだな』
「コウライギ」
 後ろから声を掛けられ、徹は肩越しに振り返った。窓際にいたからか、少しばかり身体が冷えていたようだ。腰に回された腕が暖かい。コウライギもそれに気づいたようで、徹の手を取ってさすってくれた。
 コウライギの指先が一度首輪に触れてから徹の顎を持ち上げる。すっかり馴染んだ動作に目を閉じれば、柔らかなくちづけが降ってきた。
『今日は楽しかったか?』
「はい、とても」
 顔を寄せたまま確かめるように言われ、徹は目を細めて頷いた。腕がまだ冷えていないか確かめるように、コウライギの掌がゆっくりと上下している。徹は身体を反転させて自らコウライギの腕の中に収まった。そこから自分よりもはるかに大きな男を見上げる。
「ええと、あの、見たことのないものがたくさんありました。コウライギの馬も見ました」
 もともと口下手な徹はうまく言えなかったが、楽しんだことは伝わったようだ。コウライギがぎゅっと徹を抱き締めて笑みを浮かべた。
『王宮からきちんと連れ出すのはこれが初めてだったな。……これからはもっと王宮の外に連れて行ってやる。街へ行くのもいいだろう。来月になれば年末の祭事がある。お前に王都の賑わいを見せてやろう』
 祭事、という言葉は教わった。お祭りのことだ。馬車の中からしか見たことのない王都が祭りで賑わうところを想像し、徹はぱっと表情を輝かせた。
「はい! きっとですよ」
『ああ、きっとだ』
 笑いながら抱き上げられ、寝台まで運ばれる。そっと横たえられて、徹は頬を染めてコウライギの首に縋りついた。
 ゆっくりと笑みをかたどった唇がおりてきて、徹の唇に重ねられる。下唇を優しく噛まれて腰に震えが走る。反射的に開いた唇からコウライギの舌が忍び込んできて、徹は目を閉じてそれに応えた。
『……せっかくの遠出だからな。無理はさせない』
 唇を離したコウライギが徹に覆い被さったまま言った。煌々とついたままの明かりを受けて、金色の髪がきらきらと光りながら垂れ下がってくる。それに手を伸ばして触れながら、徹は彼に教わった言い回しで承諾した。
「はい、コウライギ。……抱いてください」


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