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 ヨウコクは王家の御料地の中でも特に風光明媚であると知られる場所だ。夜も明け切らぬうちから馬車に乗った一行がその中心にある圭璋館に着いたのはちょうど午時で、愛馬に跨がって併走していた陛下が彼の手を取って馬車から下ろしているのを、先に下りたライソウハは微笑ましく見守った。
 季節はまだ冬だが、元の地形が良いために雪景色もまた美しく見える。常緑樹の多いここでは冬だというのに木々が緑の葉をつけており、至る所で真紅の花を咲かせていた。
『うわ……』
 辺りを見回したサーシャさまが感嘆の声をあげる。今日のサーシャさまは陛下に送られた真っ白な毛皮の外套を身に着けている。その白に彼の黒髪と少し上気した肌がよく映えて美しい。だが、サーシャさまは、そんな自分の姿に陛下からどんな眼差しを向けられているのか気づいてもいない様子だ。
 白い大地に広がる緑と赤。その光景に目を見張るサーシャさまの手を握り、陛下が木々を指差した。
「あれらは全てジンの木だ。冬にああして赤い花を咲かせる」
 サーシャさまが周りの人々に見えないように小さく頷くのを見届けて、同じく近くにいたシンシュウランが二人に声を掛けた。
「陛下、宜しければ昼食の支度が整うまで、サーシャさまをお連れになって景色をご覧ください。既に周辺の安全は確認してあります」
「ああ、そうしよう」
 陛下はすぐさま頷いた。シンシュウランが触れた通り、今日、ここに来ているのは陛下とサーシャさまだけではない。綺霞宮からは前王太子妃セツリ、コウクガイ王子、グエン姫が参加しており、また、護衛には上軍から上将軍シンシュウラン、その補佐官のセイショウカンとカクウンチョウ、それに他四名がその任についていた。他にもグエン姫やコウクガイ王子の専任護衛や、身の回りのことをするためにナナイも来ている。これでも微行なのだが、サーシャさまはその人数に随分驚いていたものだ。
 その時のことを思い出して含み笑いながら、ライソウハは手早く荷を分けていく。館の管理を任されている用人たちに手伝って貰いながら馬車から荷を下ろしきると、馬丁が馬たちを導いて厩舎へと連れて行った。
「手伝いましょう」
 そう申し出てくれたのはシンシュウランの副官の一人であるカクウンチョウで、ライソウハはにっこり笑って頷いた。
 シンシュウランはちょうどセイショウカンを連れて館内の確認に行っているところだ。安全確認は何よりも優先されるとわかっているが、昼食の支度もあるので、食材だけはシンシュウランたちを待つことなく先に運び込むつもりだった。荷物はどれもそこそこの重さがある。それほど力のないライソウハには、手助けの申し出は非常にありがたかった。
「ありがとうございます、助かります」
「カクウンチョウさま、卑職が」
 そこに名乗り出てきた男を見て僅かに首を傾げる。見覚えのない男だが、服装から上軍に所属していることはわかった。カクウンチョウの部下だろうか。
「アルダイスイか。さすが、よく気がつくな。では、そこの荷を運んでくれ。これらは衣類と日用品ですよね、ライソウハどの?」
 その名前には何故だか聞き覚えがあるような気がしたが、カクウンチョウに問いかけられて慌てて首肯した。
「そうです。それらは館の方にお渡しいただけますか」
「勿論です」
 今日は微行にしているだけあって、護衛についている武官たちは皆シンシュウランの信頼厚い人々であるはずだ。初めて聞いた名前を覚えておきながら、ライソウハはカクウンチョウと共に食材や茶葉の入った荷を抱えて圭璋館へと入っていった。


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