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 シンシュウランはここのところ瑞祥をだしにしてコウライギをからかうことが多くなった。
 もともと王は効率を好み無駄な時間を嫌っていたが、最近はとみにその傾向が強くなっていて、文官たちが悲鳴を上げているのを聞いた。また、あれほど無関心だった出入りの商人を呼びつけては布を見繕うようになった。仕立てるのは当然男性にしては小さめの服ばかりだ。そんなコウライギの行動のどれもが瑞祥のためだと思うと、この年齢になって初めて恋を実らせたばかりの悪友をつつかずにはいられないのだった。
 今日は瑞祥の御披露目の日だ。視察から戻ったホウジツが何よりも優先して手配したのがこれで、今日に限っては内朝と外廷に分かれた王宮のうち、外廷を臣民に公開することになっている。
 外廷のみとはいえ下々の民が王宮に足を踏み入れられる機会は滅多にない。そのため、夜も明けないうちから門の外には多くの人々が詰めかけていた。
「陛下、お支度は整いましたか」
 シンシュウランと共に跪いたホウジツが恭しく問い掛ける。すると、扉を開いてコウライギが居室から姿を現した。普段の龍袍も王が身に着けるということで充分に煌びやかだが、式典用のものはそれに輪を掛けて美しい。全て黄色の布地でできたそれには紺色の龍が刺繍されている。不謹慎だから口には出さないが、コウライギの金髪がよく映えた。その普段は垂らしている長い金髪も今日ばかりは綺麗に結われ、後ろは全て冠に隠れている。
「待たせたな、ホウジツ、シンシュウラン。……では、トールを迎えに行くぞ」
「尊命」
 礼をとってから王に続いて回廊を進む。目指す皓月宮は霽日宮のやや北東にあり、距離自体はそれほど離れていない。王の一行はすぐに目的地に着き、シンシュウランとホウジツを始めとする随行が塔の下で待つのを置いて王自らが瑞祥を迎えに行った。
 やがて、王が瑞祥を伴って塔を下りてくる。そろそろ肩口までつきそうな美しい黒髪を垂らし、王と同じ黄色の衣を纏っている。銀糸をふんだんに使って刺繍されているのは王家の花紋であるレンの花だ。女性のものに限りなく近い衣装は布地をふんだんに使っているものの、どれもが透けそうなほど薄いために重たくは見えない。ふんわりと長い袖を靡かせ、王に手を取られて階段を下りてきたその姿に、シンシュウランたちの後ろに続く尚書たちが息を呑んだ。
 ふむ。声には出さなかったものの、シンシュウランもまた内心で唸っていた。なるほど、瑞祥は美しい。確かに顔の造作がずば抜けているというわけではないが、その華奢な体躯と見たこともないほど黒い髪に瞳は見る者に美を感じさせる。ただ、こんな時ですら首輪を付けさせているのだけはいただけないが。
 美しく着飾った瑞祥にコウライギもさぞ鼻が高いだろうと思ってそちらを見やる。意外なことに、コウライギはこれ以上ないほどの仏頂面をしていた。シンシュウランと目が合ったかと思うと、途端に瑞祥を抱き込むように引き寄せる。何だあいつ、嫉妬でもしているのか。そう思うと笑いを堪えられなくなりそうで、シンシュウランは慌てて視線を瑞祥に戻した。
「トール、そう緊張するな。披露目が終わったら遠乗りに連れて行ってやる。いい気晴らしになるだろう」
 コウライギの言葉に首を傾げて見せながらも、瑞祥が黒い睫毛を伏せる。周囲の目があるために答えられないが、楽しみなのだろう。少し強張っていた頬にほんのりと微笑が滲むのが見えた。
「ホウジツ、シンシュウラン」
「はっ。輿を」
 コウライギに声を掛けられ、ホウジツが輿を呼ぶ。二人分用意された輿を一瞥したコウライギが片方を手で止め、ひとつに二人で乗り込んだ。本来、王族というものはどこへ移動するにも輿を使う。その慣わしを撤廃したのが五年前のコウライギだったが、今日に限っては拒否しなかった。
 輿を先頭に、一行は霽日宮へと向かう。外廷は既に民衆でいっぱいになっており、王の輿が姿を見せた途端にわっと歓声が上がった。輿から降り立ち、瑞祥の手を引いたコウライギの横にシンシュウランとホウジツが控える。
「本王の瑞祥、サーシャ・トールだ」
 華美な言葉遣いを嫌うコウライギがそれだけを告げる。瑞祥の存在を目で確かめ、歓声がますます大きくなる。それが落ち着くのを待っていると、正面を向いたシンシュウランの視界の隅で、コウライギが笑みを浮かべたのが見えた。
「そして、トールは本王の正妃となる」
 一瞬の静寂。
 そして、外廷は今度こそ爆発的な歓声で満たされた。


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