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 実のところ徹は少しばかり臍を曲げていた。この国ではコウライギのような金髪は平民の証となり、軽視されると知ったのは少し前の話だ。その事実を知ったことを徹は取り立ててコウライギに話しはしなかったが、内心ではそんな彼を労るつもりだったのだ。それをさらりと流して寝台に連れ込んだコウライギはそのことに気づいていたのか、そうでないのか。どちらにせよ優しく接する機会を失ったのが少しばかり残念だったのだ。
 そして、突然の王妃宣言である。確かに以前彼から王妃にすると言われてはいたが、御披露目の場で発表するとは聞かされていなかった。合意はしていたが、それにしたっていつ告知するのかくらい聞かせてくれても良かったはずだ。
 む、と唇をへの字に曲げた徹を見てコウライギが苦笑する。
『そう睨むな。……吾が悪かった。事前にお前に知らせるべきだったな』
「……」
 申し訳なさそうにはしているが、笑いながら言われても謝られている気がしない。ふいと視線を背けた徹の前に回り込んで膝をつき、コウライギがその手を取って握った。
『トール。吾を嫌いになるな』
「……」
 そんなことを言われると弱い。嫌いになるはずなどないと返事しそうになって、徹は慌てて反対方向へ顔を向けた。唇は未だに強く引き結んでいる。
『トール……』
 困り切ったようにコウライギが眉を下げるのが視界の隅に映る。徹は自分が跪かせているのがこの国の王であることを思い出し、罪悪感でますます唇を曲げた。それをどう捉えたのか、コウライギが握り締めた徹の手を引き寄せ、そっとくちづける。
『怒っているなら怒ればいい。黙っていては吾もどうしようもないのだ、トール。何か言ってくれ』
「……はぁ……」
 とうとう肩を落としてため息をついてしまう。コウライギはこうやって下手に出れば徹の心が揺れるとわかっているのだろう。彼の思惑に乗るのは悔しいが、流されることにしてコウライギに握られた手を握り返す。
「もう怒っていません」
『本当か? 不満があるのなら言ってくれ、トール』
 下から見上げられ、優しく言われて少しばかり胸がくすぐったくなる。以前の徹なら、そもそも何かに対して怒ることもなかった。何に対しても興味が薄く、押し通したい主張などない。周りに言われるがままに振る舞って、それでいいのだと思っていた。そんな徹を変えたのはコウライギだ。
 最初は横暴で我が儘だと思っていた王様は、いつの間にか徹を尊重するようになっていた。言葉など知らなくていいと言って初めて会った日に徹を跪かせた男が、今では豪奢な衣装を惜しみなく床に垂らし、徹の前に跪いて徹の言葉を待っている。
「……コウライギに、優しくしたかったのです」
 ぽつりと本音を打ち明ける。そのまま途切れそうになったが、コウライギがじっと見つめてくるのに後押しされ、ゆっくりと言葉を続けた。
「妾は何の役にも立ちません。でも、ええと……コウライギに優しくできるのは、妾だけだと思うのです」
『……その通りだ、トール』
 青とも緑ともつかない瞳を和らげ、コウライギが頷いた。
『臣民は皆、王である吾に仕えるものだ。トール、お前だけは違う。吾の瑞祥、お前だけは吾と対等だ』
 そこまで言って、コウライギがふと微笑んだ。
『わが瑞祥、吾が立つことを許してくれるか』
「ふふっ、はい、許します」
 生真面目な顔を繕って伺いを立ててくる様子に噴き出して頷くと、途端にコウライギが床についていた膝を立て、徹を抱き上げた。
「ぅ、わ!」
 慌ててしがみつく。彼の身長は高く、抱え上げられると地面から随分離れる。驚いた顔をする徹にコウライギは低く笑いながらくちづけた。
『このまま寝室へ連れて行っても?』
「……はい」
 恥ずかしくなって俯きがちに首肯すると、すぐにコウライギが寝室へと歩き出した。徹は自分がまだ式典用の黄色い衣装を纏ったままであることを思い出してうろたえたが、彼は気にする素振りもない。そっと寝台に下ろされると、ふんわりした絹のような素材の布が広がった。薄い紗が何重にも重なる衣装を一枚一枚脱がされるのが妙に気恥ずかしくて、徹は頬を染めて俯いた。
『トール、お前は綺麗だ。吾にとって、お前は誰より美しい。その髪と瞳が黒くなかったとしても、お前が瑞祥でなかったとしても、やはり吾はお前を誰より美しいと思っただろう』
「こ、コウライギ……」
 普段よりもずっと饒舌に褒められ、恥ずかしくて顔が上げられない。コウライギの手は衣装をすっかり取り去り、自らも豪奢な衣装を脱ぎ捨てた状態で徹の頬に優しくくちづけた。王の龍袍と冠を取り払った目の前の男は、徹にとってはただのコウライギだ。
『教えてくれ、トール。吾が王でなくなっても、お前は吾を愛してくれるか』
 真剣な瞳に見つめられ、徹は言葉もなく頷いた。コウライギでも不安になることがあるのだろうか。わからないけれど、はっきりと言葉にして安心させたい。
 既に顔どころか首まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。徹は何とか声を絞り出そうと、唇を開いた。
「コウライギ、妾は……例えあなたが王でなくなっても、あなただけが、好きです」
『トール……』
「ん……」
 重ねられた唇が食まれ、開いた間から舌が差し込まれる。暖かな唾液を絡めながら舌を擦り合わされ、ふるりと腰が震えた。体温の高い掌で腰をゆったりと撫でられ、身体が反応する。お互い寝台の中央に座ったまま唇だけを重ねている。コウライギの頬に添えていた手を取られ、彼のものへと導かれた。
「ふ、ぁ」
 既に熱くなっているそれは硬くて大きい。思わず唇を離してまじまじと見下ろすと、また少し大きくなったようだ。
「お、大きい……」
 つい呟くとコウライギが喉の奥で小さく笑った。
『もう何度もお前の中に入っているだろう……?』
「で、でも、こんな……に……」
 声に出すと恥ずかしくなって尻つぼみになってしまう。俯くとますますそれが視界に入って、頬の熱さがやたらと気になる。
『いつもは全て入れていない。……トール、今宵は全て受け入れてくれるか』
「う、そ……」
 コウライギの手が徹の手を握ったまま、それをゆっくりと扱き上げる。掌に伝わる熱を感じながらその長さと太さを確かめさせられ、徹はごくりと喉を鳴らした。これが本当に入るのだろうか。いや、今までだって何度か入っていたはずだ。全部ではないらしいけど。
「全て……ください」
『……トールっ』
 上ずる声で囁くと、思い切り抱き寄せられた。


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