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 コウレキスウ殿下は五日に二度の間隔で教えに来てくれることになった。彼が皓月宮を立ち去るのを見送って、サーシャさまはほうっと肩の力を抜いたようだった。
「そんなに緊張してらしたんですか?」
 おかしくなってくすくす笑いながら問い掛けると、珍しく眉を下げたサーシャさまが情けない顔で頷いた。
『どうしてでしょう、あの方とご一緒するととても緊張するのです』
「早くお慣れになるとよいですね」
 優しく声を掛けつつ、お茶を新しいものに代える。卓の椅子ではなく長椅子の方に腰を下ろしたサーシャさまが、いささかぐったりした様子で礼を述べてそれを受け取った。
 ライソウハは他の貴人に仕えたことはないが、サーシャさまがどんな貴人よりも気負わない人であることはこれまでの付き合いでよく知っている。今も卓の椅子に腰を下ろしたライソウハを咎めたりせず、安心した様子で暖かなお茶の香気を楽しんでいた。
 そのサーシャさまが、ふと顔を上げてこちらを見る。何かもの言いたげな視線を向けられ、言葉を促すようにじっと見つめ返して待てば、彼はその唇を開いて訥々と語り始めた。
『あの、ライソウハ……髪の色というのは、家柄を表すものなのですか?』
 その問い掛けで、ライソウハは彼が本当に訊きたいと思ったことを察した。天上には黒髪の人が幾らでもいると伝承で聞いているが、そんな高貴な色を持つ人々が幾らでもいるからこそ、髪の色で家柄や血筋を判断する習慣はないのだろう。
 ライソウハはじっとサーシャさまを見つめた。
『国王陛下のお母様は、平民のご出身です。……詳しい事情は存じ上げませんが、陛下をお産みになってからは王宮を離れ、城下でお暮らしとか』
 サーシャさまが小さく息を呑んだ。その様子を確かめながら、ライソウハは言葉を続ける。
『ここ地上では、髪の色がより濃いほどその地位が高いことを表します。陽に透けるような金髪は平民の証拠。……陛下がお生まれになった時には、かなりの騒ぎになったそうです』
 その頃のライソウハは生まれてさえもいなかったが、それでも大変な騒動になったということは後から聞いて知っている。王が手をつけた娘から生まれた子どもが果たして王の子であるのか、そうでないのか。最終的に王の子であると判断されたのは、瞳が王と全く同じ色合いだったからだ。それでも、王族ではないという疑いはいつまでも晴れず、王位継承権が彼に巡ってきた時には多くの官吏たちがどこの馬の骨ともわからない者に王位を明け渡すのかと罵ったのだという。
 義兄のシンシュウランも、コウライギは人を信じられないたちなのだと言っていた。きっと、彼がそれこそ生まれた時から向けられてきた差別や蔑視が原因だったのだろう。だが、それも無理のないことだ。ライソウハでさえ、噂に聞いていたとはいえ王の金髪を初めて見た時には息を呑んだのだから。
 ライソウハはそんな事情の全てをサーシャさまに明かさなかったが、彼は言われなくても充分に察したらしい。黒々とした瞳がじんわりと潤む。そんな彼にそっと手巾を手渡しつつ、ライソウハは手巾越しにサーシャさまの手を握った。
『サーシャさまが髪の色で人格まで判断するような方でないことは、小人もよくわかっておりますし、陛下はなおのことよくおわかりでいらっしゃいます。僭越なことを申し上げますが、これからも陛下の髪の色には拘らず、陛下ご自身をご覧になっていただけますか』
 側仕えとしては随分度を超えた物言いだったが、サーシャさまは言葉もなくうんうんと何度も頷いた。
「あの、コウライギには……」
『はい。小人がお教えしたことはお伝えいたしません』
 迷いなく肯定すれば、ようやく彼の表情が和らいだ。ぽろりと、堪えきれなかった涙が一粒その象牙色の頬を転がり落ちる。
「コウライギは、きっと、妾からの同情などお求めではないのだと思います」
『そうですね』
 同意すると、サーシャさまは渡した手巾でそっと目許を拭って微笑んだ。
「……でも、今日は、コウライギに優しくいたします」
 ほんのりと笑みを浮かべてそう言ったサーシャさまに、ライソウハは思わず苦笑した。どうやら、サーシャさまはライソウハが思っていたよりもずっと強かであるようだった。


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