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『そろそろ瑞祥としての――をしなければならないな』
 皓月宮に戻ってきたコウライギが開口一番そう言ったのに対して、徹は首を傾げた。聞いたことのない言葉の意味が知りたくて近くに控えていたライソウハを見る。
『お披露目、ですね。皆にサーシャさまが陛下のために降臨された瑞祥であることをお見せして知らしめるという意味です』
 すかさず徹の意図を汲んで説明してくれたライソウハは、嬉しそうににこにこ微笑んでいる。言葉の意味は理解したものの、何故それでライソウハが嬉しそうにするのかはまだわからなくて、徹は首を傾げたままコウライギに向き直った。
「それは、嬉しいことなのですか?」
『勿論だ。お前は吾の王妃になるのだからな』
「……っ」
 ひょいと抱き上げられ、膝に乗せられる。何だか気恥ずかしくなるため、膝に乗せられるのは苦手なのだが、微笑みと共に顔を覗き込まれて徹は沈黙した。
 徹より頭二つ分は大きいコウライギに抱えられると、少しは近づくもののやはり彼の顔の方が高い位置にくる。じっとコウライギを見上げると、くしゃくしゃと頭を撫で回された。照れて俯き、顎のあたりまで伸びた髪が乱れたのをそっと手で整える。
『いいか、トール。これからは忙しくなる。お前の瑞祥としての披露目が済めば、今後行われる式典にも顔を出すことになるし、瑞祥としての公務も多少はある』
「はい」
 曖昧に頷いたのは、それが具体的にどれくらいの負担になるのかわからないからだ。あやふやな顔をしたのがわかったのか、コウライギがせっかく整えた髪をまたくしゃくしゃにする。
『お前も今よりは出歩けるようになる。教師が必要になるが、それも選定しておこう。経験のためにコウクガイかコウレキスウのどちらかに任せるのもいいが、お前が言葉を解すると知っている者となるとホウテイシュウも妥当だな。検討しておく』
「コウレキスウ?」
 ホウテイシュウなら護身術の講師を務めてくれているので見知っているが、コウレキスウとは誰だろうか。聞いたことのなかった名前を復唱すると、コウライギが頷いた。
『吾はもともとは第三王子だった。前王太子と第二王子の二人の兄上は既に儚くなっておられる。その前王太子の子がコウクガイとグエン、第二王子の子がコウレキスウだ。コウクガイは次の王に、コウレキスウは王家を出てその補佐にと考えている』
「コウクガイ王子と、コウレキスウ王子ですね」
『そうだ』
 次々と挙げられる名前を徹は素早く記憶した。特技も何もないが、記憶力には多少自信がある。以前誘拐された際にも、誘拐犯の言葉を理解出来なかったにも関わらず大半を復唱することができた。一部は理解していたとはいえ、随分と驚かれたものだ。
 コウライギもそれで徹の記憶力には信頼があるのだろう。満足げに頷いている。
『お前は覚えが早いからな。瑞祥として知っておくべきこともすぐに身につけられるだろう。そうとなると、講師はやはり王子たちのどちらかにしておきたいが……』
 ふむ、と考え込んだコウライギをじっと見守る。物思いにふけっていたことに気づいたコウライギが徹に視線を戻して微笑んだ。
『何はともあれ、披露目が済んだら婚姻だ。ホウジツが明日には戻れば日程も組めるだろう。まずはトールに合う衣装が必要だな』
『既に手配を始めておりまして、明日には採寸の予定でございます』
 首に嵌められた首輪を撫でながら言ったコウライギに、ライソウハがそつなく答える。頷いたコウライギが、指先で首輪をなぞった。
『ここに鎖を付けることはもうないな。……この首輪はどうする? トール』
 徹の心情を懸念するような眼差しを向けられるのがくすぐったい。徹はそっとコウライギの指先を握り込み、視線を伏せた。
「あの、このままでもよろしいでしょうか。……これは、コウライギが妾にくださったものなのですよね?」
 少しばかり驚いた顔になったコウライギが破顔した。
『構わん。そうだな、お前は吾の可愛い犬だからな。ずっとしていろ』
「はい」
 頷いた頬にくちづけられ、徹はほのかに頬を染めた。既に彼には全て見られているとはいえ、やはり照れてしまう。
 ちらりと視線をやると、ライソウハが素知らぬ顔でそっぽを向いていた。


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