数年後の二人・越鳥南枝「あ……」 コウライギと二人で庭園を散策していた徹は、ふと樹木の枝のひとつに鳥の巣を見つけて足を止めた。 『どうした、トール』 ひょいとコウライギが彼の視線の先を辿る。鳥の巣が、と言う前に、コウライギが心得たように頷いた。 『あれは夏鳥だな。毎年この時期になると南から渡ってくるのだ』 言われて、鳥の巣を見上げる。巣からは数羽の雛が顔を覗かせていて、ピイピイ鳴きながら親鳥が戻るのを待ち構えている。顔を上げると陽射しが少し眩しく、徹は顔の前に掌を翳した。 「南から……。でも、ここよりも更に北の方がいいのではないでしょうか」 首を傾げると、コウライギが苦笑した。 『そうだな。だが、あれは故郷を恋しがる鳥だとも言われている。北へ飛んできても故郷を忘れず、少しでも南に近い枝を選ぶのだそうだ』 言ってから、コウライギはちらりと徹を見たようだった。じっと巣を見上げていた徹の視界の横で、彼が少しばかり心配そうな顔をしたのがわかる。 いつになっても、コウライギは徹に家族を捨てさせたことを悔やんでいるのだ。 その気持ちだけで充分な気がして、徹はことさら明るく微笑んだ。折しも親鳥が帰ったところで、雛たちが一斉に騒ぎ始めた。 「ほら、親鳥が帰ってまいりました。可愛らしい鳥ですね」 『……ああ、そうだな』 どうやら誤魔化されてくれる気持ちになったらしい。体温の高いコウライギに片腕で抱き寄せられると少し暑いくらいだったが、徹は何も言わずそっと彼の胸に身体を預けた。 その夜、徹は夢を見た。懐かしい夢だ。もう長いこと会っていない両親は、二人とも少し老いたようだった。 何も変わっていないあの家のドアが開き、会社から戻ったらしい父が入ってくる。 「……ただいま」 「おかえりなさい、あなた」 そう言って冬物のコートを受け取る母の髪には少しばかり白髪が混じっている。 「……これを、受け取ってきた」 そう言って父がダイニングテーブルに置いたのは、何枚かの書類だった。一番上にあるのは戸籍全部事項証明書というもので、佐々木徹は死亡となっていた。 「徹……」 テーブルの前に立ったままの母が俯く。ぽたぽたと滴る涙が、使い込まれたブラウンのテーブルを濡らす。父が母の肩に手を添え、そっと椅子に腰を下ろさせた。母が父のコートを抱き締めたまま、両手で顔を覆って嗚咽する。 立ったままその背中を撫でていた父が、踵を返して二階への階段を上がっていく。次に父が降りてきた時、彼は手に小包を持っていた。 郵便局の箱は少し古びていた。封をしていたガムテープを切って、中身を取り出す。中からは、少し黄ばんだ封筒とプレゼントの箱が二つ、それから浅黄色の着物が出てきた。 「それは……」 真っ赤になった目で母が呟く。父は無言で封筒を差し出し、すぐ隣の席に腰を下ろした。 父さんと母さんへ。そう書かれた封筒の表面を、母はしばらく撫でていた。それから、二人は静かに封筒を開き、便箋を取り出して読み始めた。 三枚の便箋に綴られた文章を、二人は長いこと読んでいた。ダイニングには時折紙に触れる音がするほかには何の音もない。読み終わった手紙を、母が皺の多くなった手でそっと封筒に戻し、胸に抱いて目を閉じた。父は手を母の背に添えたまま、俯いてじっと動かない。 「……徹は、元気に暮らしているんでしょうね……」 「……そうだな」 「親不孝な子ですね、あなた……」 「……そうだな」 不器用に頷く父に、ようやく顔を上げた母が微かな笑みを向ける。 「私たちが徹宛てのものを勝手に開けたりしないって、あの子忘れていたのかしら」 「……そうだろうな」 父の表情は相変わらず薄かったが、母を心配していることがわかる。そんな父の胸に顔を押しつけるように、母が身体を寄せた。それをぎこちない手つきで抱き寄せた父が、母の髪にそっと口づけを落とす。 「徹のお相手は、あの子のことを幸せにしてくれますよね、きっと」 「……そうでなかったら、私が殴る」 「ふふ」 母が小さな笑い声を上げて、それを聞いた父が今度こそはっきりと微笑んだ。 夢はそこまでだった。 ぼんやりと目を開く。まだ時刻は早いようで、室内に射し込む光は薄ぼんやりとしている。両目が涙に濡れていて、徹は僅かに身じろいで指先でそれを拭った。 少し顔を上げる。コウライギが穏やかな寝息を立てて眠っているのを見て、そっと微笑んだ。もっと近くにいたくて、もぞもぞと身体を寄せる。その動きで目を覚ましたのか、コウライギが小さく唸った。 『……どうした、トール……』 暖かな腕の中にぴったりと身体を寄せて、徹は小さく首を振った。 「もう少し眠りましょう、コウライギ」 『ん……』 あれが本当にあったことなのかはわからない。だけど、あの夢を見られて良かった。 薄目を開けていたコウライギが再び眠りに落ちていくのを、徹は穏やかな気持ちで見守った。 |
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