51ライソウハが自らの処断を王に任せた以上、他の者たちは口を開くことが許されていない。険しい顔でライソウハを見るコウライギは、黙ったままじっと考え込んでいた。 シンシュウランやセイショウカンはすっかり青ざめてしまい、カクウンチョウとホウテイシュウは愕然とした顔でライソウハを凝視している。まさかよりによってライソウハが王の命令に背くとは考えてもみなかったのだろう。 誰もが沈黙する中で、最初に口を開いたのはトールだった。 『コウライギ。……妾は、ライソウハに感謝しております』 「……トール」 口を開いたりはしないものの、皆が一斉にトールを見る。集まった視線に一瞬たじろいだトールは、コウライギを腕の中からじっと見上げて切々と訴えた。 『妾はコウライギとお話ししてみたかったのです。……いえ、直接お話しできなくても構いませんでした。ただ、コウライギがいつもどのようなことを妾にお話ししてくださっているのか、それだけでも理解したかったのです』 発音はまだまだぎこちないが、驚くほど流暢に話す。思わず息を呑んでトールの唇から紡がれる言葉に耳を傾けていると、彼はその緊張していた頬に少し朱を乗せた。 『……そ、それに、コウライギは妾を愛していると言ってくださいました。妾はこれからも、コウライギの言葉を理解したいと願っておりますし、妾も……それに、お応えしたい……です』 もともと、トール自身はあまり口数の多い人間ではない。彼に接してきた数ヶ月間でコウライギは彼の人となりを察していた。そんな彼がこうやって言葉を重ねるのは、ライソウハを庇う意図もあるのだろうが彼自身の本心でもあるのだろう。段々と恥ずかしそうに声を小さくしていったトールは、とうとう俯いてしまった。 ふ、と微笑む。ほっそりとした腰を抱いていた手で頭を撫でてやると、目を細めてほんのり微笑み返してくる。 「やはりお前は可愛らしいな、トール」 そう言って、コウライギは未だに平伏しているライソウハを玉座から見下ろした。 「……王の命令に逆らう者は処断すべきなのだろうが、今日はトールが吾の許に戻ってきた善き日だ。特別に赦すこととする」 「っありがとうございます……!」 誰より先に叫んだのはシンシュウランだ。滅多なことでは涙を見せない悪友が両目いっぱいに涙を湛えて跪くのを見て、コウライギは吹き出しそうになった。 もともとシンシュウランは先ほどトールが帰還した際の一幕を酒の肴にするつもりだったようだが、これでコウライギにも反撃の材料ができた。にやりと笑うコウライギの意図を察したのか、シンシュウランが僅かに悔しそうな顔をしたが、すぐに破顔する。 「陛下、いや、コウライギ、あんたは吾の最高の友だ。この恩は生涯忘れまい」 「ふん、気にするな。どうせお前は生涯吾に仕えるのだ」 笑い合うコウライギとシンシュウランの姿に、ようやく張り詰めていた空気が和らぐ。改めて謝罪と感謝のために頭を下げたライソウハに立ってもよいと告げ、コウライギは腕の中のトールを見下ろした。 「これで良いだろう、トール」 『はい……はいっ。ありがとうございます、コウライギ』 表情は薄いが喜んでいることが明らかなトールの頭をぐりぐり撫でる。今度こそ人目を忘れてぎゅっと抱きついてきたトールを抱き返すと、シンシュウランが磊落に笑った。 「前にも言ったが、お熱いことだな」 『うっ……』 トールの顔がどんどん赤くなる。それをシンシュウランの視線から隠すように抱き込み、ライソウハを呼んだ。 「ライソウハ。お前には今後もトールの側仕えとして仕えることを命ずる。そして、明日からは引き続きトールに言葉を教えるように」 「一如尊命……!」 まだ頬に涙の跡を残しながらも、ライソウハが笑顔で頷いた。 「サーシャさま、今後も小人が誠心誠意お仕えいたしますね」 『はい。ライソウハ、これからもよろしくお願いします』 抱き締めた胸元から顔を覗かせてライソウハと微笑み合うトールが可愛く、コウライギはしみじみとトールがようやく戻ってきたことを実感した。 「護身術については数日間は休むことにさせる。五日後から再開するように」 「尊命」 ホウテイシュウにも指示をすれば、彼は優美に礼を返してきた。 瑞祥が戻ったことで、後の憂いはなくなった。コウライギが王位を退かないということは、後継の争いに関する懸念もなくなったということだ。コウライギが次の王にと決めているコウクガイ王子の立太子まであと四年。それさえ終われば全て落ち着くことだろう。 「ひとつ、この場に居る者に通達しておく。……トールは言葉を理解しているが、それは内密にするように。今後もトールには公の場では言葉を理解していないように振る舞って貰う。良いな?」 「一如尊命」 コウライギの意図を察したシンシュウランたちが次々と頭を下げる。ただ一人トールだけが不思議そうに見つめてくるので、コウライギは彼に優しく微笑みかけた。 「以前にお前が誘拐されたことがあっただろう。瑞祥は王の傍に居るもの。今後もお前から何らかの情報を手に入れようとする輩が現れないとも限らぬ。瑞祥は言葉を解さないと周知しておくことが、お前の安全に繋がるのだ」 『妾は……また誘拐されるのですか?』 不安そうに問い掛けられて首を振る。 「そのようなことは吾が許さない。だが、万が一ということもある。お前を守る手段は多いに越したことはないのだ」 言い聞かせると、納得した様子でこくんと頷いた。その拍子に真っ黒な服の襟元から首輪が覗いて、思わず指先でそれを撫でる。 「この首輪も……着けていてくれたのだな」 『は、はい。あの、着物は残してきてしまったのですけれど……』 「着物など構わぬ。お前が吾の腕の中に居てくれさえすれば良い」 恥ずかしそうに俯いたトールに目を細め、コウライギは彼の額に口づけた。 居並ぶ面々はそれぞれ視線を遠くに飛ばして見ない振りをしていた。 |
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