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 段々と、ドアがあの世界に通じるようになる間隔が狭まっていることを徹は感じていた。最初は、戻ってきてから三ヶ月後。その次はそこから更にひと月。もしかしたら、次は二週間後か、あるいは一週間もないかもしれない。
 それに、もう二度とあそこに戻れない可能性だってあった。先日のあれが最後の一回だったとしてもおかしくはない。
 それでも、もしも次にドアがあそこに繋がったとしたら。そうしたら、徹はコウライギのいる世界を選ぶだろう。
 そう決意した徹が最初にしたことは、家族に宛てての手紙を書くことだった。直接相談することも考えた。だけど、相談というものは、聞いてくれる相手の意見を尊重し結論を相手に委ねるものだ。自分の中で結論が出ているのに相談することはできなかった。もしも相談して反対されたなら、両親を一層悲しませることになる。例え賛成してくれたとしても、きっと両親は後から何度もそれを悔やむだろう。だから、両親には直接話すことができない。
 どちらにしても悲しませるなら、せめて自分が我が儘だったせいだと思って貰いたかった。  文具店で便箋を買うなんて、小学生の頃以来のことだった。あの時は両親への感謝の手紙を書いた。今、徹は別れの手紙を書くために便箋を広げている。
 手紙には、これまでの全ての経緯を書き記した。あの日突然全く違う国に迷い込んだこと。そこで保護してくれたのがその国の王様で、何不自由なく暮らしていたこと。四ヶ月をそこで過ごしていたら、ふらりと戻ってきてしまったこと。一度は夢かと思ったけれど、そうではなかったこと。コウライギに、恋をしてしまったこと。その後学校や自宅のドアがあの世界に繋がり、愛していると言われて彼のもとに帰る決意をしてしまったことも、包み隠さず全て書いた。
 今まで育ててくれたことへの感謝と、これから悲しませてしまうことへのお詫びも書いた。途中で涙がこみ上げてきて、少しだけ文字が滲んでしまったけど、書き直すことはやめた。
 それから、徹は週末を利用してなけなしの小遣いを全てはたいて両親へのプレゼントを買った。父には革財布、母にはスカーフを用意して、あの塔から着てきた美しい着物と手紙をまとめてひとつの小包にした。帰れるタイミングが延びることを考慮に入れて、なるべく先の日にちを指定して自分宛てに発送した。もしもそれが届く前にあそこに帰れなかった場合、また送り直すつもりで。
 徹はいつかまたドアがあの世界に通じる日を待ちながら、出来る限りの時間を両親と共に過ごした。母と過ごすうちに、最初は包丁を握るのさえおっかなびっくりだったのが、今では簡単なものなら作れるようになった。虫はあまり好きではなかったけれど、父の釣りに付き合ううちに多少は上手く釣れるようにもなった。
 出来る限り明るく、何でもないように振る舞ってはいても、内心の寂しさや申し訳なさは隠しきれなかったのか、ふとした瞬間に父や母が心配そうにこちらを見ていることが何度かあった。その度に何度全てを話してしまいたいと思っただろう。
 だけど、もう選んでしまっていた。
 父さん、母さん、ごめん。僕は、戻った先で何があっても、多分一生彼のことが好きなんだと思う。だから、僕の選択を許してください。
 その日は平日だった。学校へ登校する必要があったのは昼過ぎまでで、だから徹は学校が終わるとすぐに帰宅した。そのまま母の買い物に付き合って、制服の上からエプロンをつけて一緒に夕食を作った。徹が作ったのは野菜を切ってコンソメを入れて煮込んだスープだけだったけれど、味見をした母によく出来ていると褒めて貰った。
 少し早めに作り始めたから、父が帰ってくるまではまだ少しある。徹は着替えてくると言って部屋へ戻ろうとした。母が早くね、と言って微笑む。それに頷き返し、とんとんと階段を上り、自室のドアを開く。
 それが、徹がこの世界にいた最後の一日だった。



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