39


「やはりコウライギなどが王になるべきではなかったのだ!」
「瑞祥が天にお帰りになったのも頷ける。あいつに王は務まらん。玉座の七星陣が落ちないのは、辛うじて王の血筋であるというだけのことだろう」
 喧々囂々と言い合う軍部所属の貴族たちを横目に眺めるながら、カクウンチョウは鳶色の髪を弄っていた。場所は軍機処、これでも一応は上軍の役職を持つ軍人たちの集まりだ。
 同じ貴族出身であっても、王の学友であったシンシュウランの前では彼らも大人しい。王に告げ口されなくとも何らかの処分が下される可能性があるからだ。カクウンチョウは貴族派を明言しているし、実際貴族出身者に甘い。その分平民上がりの軍人たちからは髪の色とかけて鳶の姿をした鴉と陰口を叩かれているほどだ。そのカクウンチョウの前では猫を被る必要性もないと思っているのか、彼らは言いたい放題だった。
 大して興味のない振りで髪をくるくると指先で弄びながら、カクウンチョウは彼らの一人一人に視線を投げた。特に目に余るのは、王を呼び捨てにしてまで罵っているアルダイスイだ。前の戸部尚書アルギシンの息子である。アルギシンは表向きは後進に道を譲って退いたことになっているが、王による降格人事が行われたというのが事実だ。恐らくその鬱憤もあって、彼らは殊更王を敵視しているのだろう。
「カクウンチョウさま、あなたも吾々と同じご意見でしょう」
「うん、まあそうだな」
 嬉々として王の揚げ足を取る面々の短慮ぶりを眺めることにさえ嫌気が差すが、敢えて笑って肯定して見せる。少なくとも今の彼らは王を批判しているものの、まだ口先だけだとも言えた。実際に造反することがないよう、口先の罵倒で済んでいるうちに適度に発散させてやることも必要だとカクウンチョウは思っている。
「やはりカクウンチョウさまは物の道理が解っていらっしゃる」
「コウライギなど、王太子殿下がああも若くなければ本来玉座には触れられもしなかったのだ」
「瑞祥を犬畜生の如く扱っていたのだ、いつか天の采配も下されるだろう」
 カクウンチョウが肯定した途端に貴族たちは勢いづいた。彼らが口にしている数々の罵倒は、王の耳に入ろうものなら斬首されても文句の言えないものだ。馬鹿どもは実際に自分の棺桶が用意されるのを見るまで泣き喚かない。
「いっそ吾々の手で王を玉座から引きずり落とすのはどうだ」
 薄く微笑みながら彼らの鬱憤を聞き流していたカクウンチョウは、その中から出てきた一言に笑みを消して目を細めた。軍部、特に上軍に在籍する者の多くは貴族出身者で、なまじ生活に苦労したことがないだけに深く考えずに安易な発言をすることも少なくはない。だが、これほどまでに過激な意見が出るには早すぎた。
 それまで騒がしいほどだった軍人たちが一斉に静かになり、お互いの顔を見合わせる。自ら進んで破滅したがる者などいない。幾ら彼らでも、それが取り返しのつかない発言であることはわかったようだ。数人に顔色を窺われて、カクウンチョウはむしろ傲慢に笑って見せた。
「まだ時機ではないな」
 カクウンチョウの発言を受けて、貴族たちは静まり返っている。彼らの顔を順々に見ながら、言い聞かせるように言葉を続けた。
「確かに瑞祥が天に呼び戻されたのは失策だが、逆に言えば瑞祥を死なせたわけではない。天災が起きていないのがその証拠だろう? 玉座の主をすげ替えるには、今はまだ理由が足りないが……」
 カクウンチョウは自分の容姿が周囲にどのような印象を与えるか熟知している。上将軍シンシュウランにも軽口を叩けるほどの大貴族出身で遊び人。保身と利益を一番に考える打算的な男。それが自分だ。
 にやりと唇を片方だけ引き上げつつ、むしろかわいらしく笑って見せると、それだけで善人ぶった悪どい人物像が出来上がる。悪巧みを話して聞かせるのに、最も説得力のある態度だった。
「既に失策をしでかしているんだ。それが続かないとも限らないだろう? 吾たちは危険を冒すことなく座して待っていればいい。そうだろう」
「確かに……」
「いずれは馬脚を現すということだな」
 策士ぶって笑うカクウンチョウに、尊敬の視線が寄せられる。満足げに頷き、そっとアルダイスイを見やる。
「まあ……それもそうだが」
 親の七光りでカクウンチョウやセイショウカンに次ぐ現在の地位を手に入れた彼は、半ば納得しながらもまだ釈然としていないようだ。だがそれはカクウンチョウの言葉を疑っているというよりは、過激な意見が受け入れられなかったことに対する不満が割合としては多いように見える。これだから馬鹿は好かない、と思いながら、カクウンチョウは注意深く他の面々の意見を窺った。
 どうやら大半はカクウンチョウの意見に賛同した様子だ。過激な意見は鳴りを潜め、王を見くびった罵詈雑言ばかりになった。
 そろそろ潮時と見て、カクウンチョウは困ったようにそばかすの残る頬を指先で掻きながら部下たちに笑いかけた。
「今日の話し合いは有意義だったな。吾は満足しているよ。折角だ、今夜は春宵楼あたりにでも繰り出そうじゃないか。吾が皆に奢ってやる」
 提案に、その場は一斉にわっと沸いた。春宵楼は王都の娼館街でも特に大きな老舗だ。娼妓たちが粒揃いであることと、花代がそれに見合って高価であることで名高い。軍部の給料では月に二度ほど行くのがやっとという娼館に行けると聞いて、血気盛んな若者たちは途端に王への不平不満を忘れて盛り上がった。
 さあ行くぞと皆を促し、ぞろぞろと軍機処を出る。ごく自然にその中のアルダイスイの側に寄って、笑いながらその肩を抱き寄せた。
「アルダイスイ、お前は最近特によくやってるからな。お前だけは特別だ、リュウヨウを買ってやるよ」
 これにはアルダイスイも驚いた顔をした。リュウヨウと言えば春宵楼でも一番の売れっ妓だ。その美貌もさることながら、特にその声は小鳥の囀りのようだと言われており、勿論のこと花代も一際高い。
「それは本当ですか」
「吾はお前に期待しているからな」
 ぽんぽんとアルダイスイの背中を叩いて離れると、貴族たちの先頭に立って娼妓がよく閨で奏でる曲を口ずさみながら歩き出す。
 そうして遊び人らしく振る舞うカクウンチョウの、仄かに浮かべた薄暗い笑みを見た者は誰もいなかった。



Prev | Next

Novel Top

Back to Index