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 コウ国丞相ホウジツが調査の結果を持ってコウライギのもとを訪れた時、霽日宮の彼のもとには既に上将軍シンシュウランが参上していた。
「拝見国王陛下」
「礼は取らずともよい。ホウジツ、何かわかったか」
 既に時刻は夜半になっているが、コウライギは疲れた様子も見せずホウジツを見据えた。その表情は彼が予測していたよりずっと穏やかで、ホウジツはそれを少しばかり意外に思った。コウライギはもっと自分の所有物に対して執着を見せるかと思っていたのだ。
 ホウジツはちらりと上将軍に視線をやる。シンシュウランは上将軍という軍の中でも最高の地位にありながら、どこか浮ついたところのある男だった。コウライギともども彼らが幼い頃からの付き合いだが、どこかいい加減な雰囲気のあるこの男を重用するにあたってホウジツは難色を示したものだった。自然、ホウジツとの仲はあまり良くない。
 コウライギはホウジツがシンシュウランの同席を嫌がっているのを把握したようだったが、片方の眉を吊り上げて見せただけで彼に対して退出を促したりはしなかった。
 無言で促され、ホウジツは調査の結果を話し始めた。
「卑職の手の者に調べさせたところ、瑞祥は王都内にあるセイショウカンの屋敷に居る可能性が高いとの報告がございました。実際に、客人がお一人訪れている様子だとのことです」
「ふむ」
 コウライギが頷き、続きを促す。王の思慮深さに微笑み、ホウジツは言葉を続けた。
「しかしながら、セイショウカンは首謀者ではありますまい。卑職の見立てでは、戸部官吏のアルギシンが怪しいかと」
「何故そう考える」
「アルギシンは既に尚書を退いて久しく、その息子アルダイスイは上軍に所属しております。セイショウカンを失脚させ、その座にアルダイスイを就けることが目的でしょう」
 すらすらと述べたホウジツに、コウライギが感心したように腕組みして唸った。
「流石はホウジツ叔父、なかなか鋭い見解だ。だが、アルギシンもアルギシンだ。このような杜撰な企み事、ホウジツ叔父に見抜かれまいとでも思ったか」
 コウライギの言葉を受けて、ホウジツもひとつ頷いた。
「上手くいけば儲けもの、駄目でも罪を立証できないと考えているのでは?」
「ほう。それはどういうことですかな」
 それまで黙って見守っていたシンシュウランが声を上げる。内心で気分を害したホウジツがコウライギに視線を向けるが、コウライギも同じような疑問を抱いたようだ。つい、と顎で促される。
「考えがあるなら話してみろ」
 シンシュウランの口出しは不愉快だったが、ホウジツはコウライギに従った。
「恐れ多くも、瑞祥は言葉を解しません。はっきりとした証拠が集まらなければ、瑞祥の口から真実が語られることもないでしょう」
 途端にコウライギの表情が険しくなる。
「……一理あるが、トールは吾の犬だ。犬が人語を話す必要などない」
 頑是無い子供のような態度に、ホウジツは苦笑せざるを得ない。
「ええ、陛下。サーシャさまは陛下の犬でございますので。……ただ、この分だとアルギシンを処断する証拠は充分には集まらないでしょうな」
「証拠はシンシュウランに集めさせる」
 不愉快そうに顔をしかめたコウライギに名を挙げられ、シンシュウランが珍しく動揺を露わにした。
「陛下、それは」
「本王の命令に異を唱えるか」
「……いいえ」
 厳しく告げられ、シンシュウランがその場に跪いた。
「すぐに調査に向かい、明日の朝一番でセイショウカンの屋敷に立ち入ってトールを見つけろ」
「一如尊命」
 叩頭したシンシュウランが素早く退出していく。ホウジツはそれを横目に見送り、ほうっと肩から力を抜いた。じゃらりと冠の白玉が鳴る。
 第三者が居なくなれば、ここに居るのは叔父と甥だ。
「コウライギ、あれでもシンシュウランどのは上将軍だぞ」
「上将軍だろうが下将軍だろうが、吾の命令には従うものだ」
 苦言を呈したホウジツににやりと笑って見せる様子は相変わらずで、ホウジツは幼い頃から変わらないコウライギの我が儘に苦笑いする。
「少なくとも、サーシャさまを取り戻したら今後はあまり表立って犬扱いすることを控えるべきだ。瑞祥が哀れだと言われてまた似たような事件があってはことだ」
「いいや、今度のような件があったからには、尚更鎖で繋いでおかねばならん。今後同じことがないよう、ホウジツ叔父が目を光らせていれば良いのだ」
「コウライギ……」
 玉座から立ち上がり、コウライギがホウジツの肩を軽く叩いた。
「吾はあなたを信頼しているからな、ホウジツ叔父」
 シンシュウランよりも、ずっとだ。視線だけでそう言われた気がして、ホウジツは顔を綻ばせた。
「お前は幾つになっても吾の可愛い甥っ子だからな」
「優しい叔父貴は甥っ子に付き合ってくれるんだろうな?」
 言いながら、コウライギが酒杯を傾ける仕草をする。
「構わんよ」
 そうして、その夜はゆっくりと更けていった。


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