17


「トールはどこだ!」
 静かの塔に怒号が響き渡る。怒りのあまり身体を震わせるコウライギの目の前で、平伏したライソウハや他の衛士たちが地に頭を擦り付けた。
「も、申し訳ございません……」
 ライソウハの声は涙に濡れてか細く震えている。コウライギはそれを冷たく見下ろして吐き捨てた。
「謝罪して何になる。トールはどこかと聞いている」
「サーシャさま、は、小人が部屋を出ていた隙に……何者かに……」
「我の……我の責任でございます!」
 震えながら説明しようとするライソウハを遮り、縄を打たれたセイショウカンがコウライギの前に身体を投げ出した。その顔面をすかさずコウライギが蹴りつける。
「ぐっ!」
「……っ!」
 痛烈な蹴りを横っ面に受け、セイショウカンが低い呻きと共に倒れ込んだ。それを見たライソウハが両手で口を抑え、声にならない悲鳴を上げる。
「セイショウカン……貴様……。吾はお前を信頼して許状を出してやったのに、何たるざまだ!」
「陛下、王宮の全ての門を封鎖し、あらゆる人間の出入りを禁じました。商人の出入りについては検問を設け、全て検査させる手筈でございます」
 部下を従えて歩み出てきたのは、少し青ざめたシンシュウランだ。
「確認を取らせたところ、二人の衛士が瑞祥を連れている姿を見た者がおりました。恐らく、セイショウカンがライソウハどのの居室を訪れていた間のことかと。既に目撃情報に基づいて追っ手を出しております」
「トールを取り戻せ。何としてもだ」
 言い放ち、コウライギは地面にうずくまったままのセイショウカンを冷ややかに見据えた。
「セイショウカンは手引きした可能性がある以上、自由にさせておく訳にはいかない。牢に繋いでおけ」
「……一如尊命」
 シンシュウランが部下に命じてセイショウカンを引っ立てる。引き摺られていくセイショウカンを見守るライソウハは、言葉もなくぼろぼろと涙を零すばかりだ。
「ライソウハ、お前は部屋に戻っていろ」
「あ、義兄上……サーシャさまを、サーシャさまをお助けください……」
「サーシャさまは必ず探し出す。お前は居室で待つんだ、ライソウハ」
 シンシュウランがライソウハに指示する声が聞こえてくるのにも苛立ちを煽られ、コウライギは舌打ちをした。このままではライソウハにも当たりかねない。
「ちっ」
 トールの居ない皓月宮にもはや用はない。コウライギは後をシンシュウランに任せることにして、苛々と奥歯を噛み締めながら踵を返した。
 セイショウカンは恐らく犯人ではないだろう。彼が瑞祥の誘拐をするとしたら、こんな杜撰な手を使うはずもない。
 そもそもコウライギはセイショウカンには書面を通じて許状を出していた。まだ当面戻らないことを見越してのことで、戻った折にはトールに紹介してやる心積もりがあった。
 それなのに、本来未だに遠征先に詰めていなければいけない人間が不用意に王宮へ戻ってきていたとは。どこからそれが漏れたのかは未だ不明だが、そのことが警備に穴を開けたのは間違いない。
 瑞祥の誘拐はあっという間に王宮内に伝わったようで、回廊を歩いているだけでもざわざわとした気配が伝わってくる。
 苛立ちに任せて足音も荒く進むコウライギを、官吏や使用人たちが不安そうな顔で平伏して見送る。
 どいつもこいつも使えない。平伏している暇があるならトールを探したらどうだ。そんな理不尽な思いがこみ上げてくるのをひたすら噛み殺す。
 上将軍のシンシュウランが述べていた手配には問題はなかった。現に、コウライギが命じる前から適切な対応を素早く行っている。彼なら、遠からずトールを見つけ出してコウライギの手に戻すことができるだろう。
 コウライギはシンシュウランを信じている。だが、それを理解しているにも関わらず、トールの行方について考えることを止められない。己の意思も何もない、コウライギの所有欲を満たすためだけに飼っている、可哀相な愛玩動物でしかないはずの少年。
 他の人間にさらわれて、あれはそれでも現状に甘んじて新しい主人を認めるのだろうか。それは許せない。
「あれは……吾の犬だ……」
 政務など到底手につきそうにない。だが、コウライギはこの国の王だ。上奏を待つ官吏たちも、指示を待つ軍機処も放ってはおけない。
 コウライギは不思議なほどの焦燥感に駆られながら霽日宮へと戻った。


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