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 ホウジツは甥の人間嫌いに頭を悩ませていた。
 彼の甥っ子はこの国の第三王子だった。真面目で文武に長けた王太子、穏やかで賢く芸術に明るかった第二王子に続いて生まれてきた第三王子のもとに王位継承権が転がり込んでくる可能性は皆無だと思われていて、だから幼少の頃から彼はほとんどほったらかしにされて育ってきた。そればかりではなく、権謀術数を巡らせる貴族たちや官吏たちは上の太子や王子にするようには第三王子に対して上辺を取り繕わなかった。つまり、人間たちの汚い裏側を彼は幾らでも目にしてきたのだ。
 武骨な武人として育った第三王子コウライギがひねくれた人間嫌いになってしまったのは、そのせいではないかとホウジツは思っている。娼館に通うことくらいはするものの、過去に恋人がいたことすらないのだから重症だ。
 そんな彼がよりによって王位に就くことになった時、誰よりも恐れ怯えたのは散々彼に打算的な裏側を見られてきた官吏や貴族たちだった。コウライギは王位に就くや否や次々に彼らを処断し、代わりに有望なものを空いた席につけていった。
 コウライギの王政が始まってから五年。彼も今年で二十九歳になる。彼に忠誠を誓う臣下たちからも、そろそろ王妃をとの声が上がっているが、肝心のコウライギはそれを無視するばかりだ。
 前王時代から丞相を任されてきたホウジツもまた、コウライギに結婚を促すように日々求められている。今日も朝議の折に尚書たちに頼み込まれ、ホウジツは少しでもコウライギの考えを変えるために彼の元を訪れていた。
 先触れに向かっていた衛士たちが戻り、ホウジツは霽日宮へ続く門をくぐった。王に会うなり叩頭したホウジツに、呆れたような声がかけられる。
「相変わらず堅苦しいな」
「お前は可愛い甥っ子だが、この国の王でもあるからな」
 許しも得ずに顔を上げて、ホウジツは微笑んだ。それを咎めないコウライギも同じように口元を緩める。
「吾(おれ)も随分偉くなったもんだ」
「そろそろその偉さに慣れて貰いたいね」
「慣れる必要もないだろう。あと十年もすれば兄上の遺した太子に王位を継がせることができる」
「コウライギ……」
 ホウジツの嘆息を見なかったように装い、コウライギは彼に問いかけた。
「ところで、どんな用事だ。政治の用ではあるまい」
 コウライギの兄が遺した王子は今年で十歳になるが、未だに母親から離れることもできないほど気が弱く泣き虫で、王の器ではないと誰もが考えている。コウライギ本人でさえも。そんな王子を後継に推すのは、つまり彼には子をもうける心積もりがないことの現れだった。
 コウライギの考えを変えるにはまだまだ時間を要すると見たホウジツは苦笑し、話題の転換に付き合うことにした。
「いや、しばらくぶりに狩りにでも行かないかと思ってな」
「ほう、狩りか」
「ああ。かなり長いこと行っていないだろう。せっかくの弓の腕前が錆びつきかねん」
 途端に身を乗り出してきたコウライギに、ホウジツは言葉を尽くして今年の狩り場の豊かさを伝えた。瞳を輝かせていたコウライギは、しかし我に返って表情を曇らせた。
「だが……吾が狩りに出るとなればまた尚書たちがうるさいだろう」
「陛下がお望みとあらば、卑職(わたくし)が尚書を説得させていただきますとも」
 ホウジツが笑みを顔に浮かべたままわざと仰々しく言うと、コウライギが釣られて吹き出した。
「よろしい。本王(わたし)は狩りがしたい。ホウジツ、そなたに任せた」
「かしこまりました」
 霽日宮から退出したホウジツは機嫌よく尚書たちの元へ向かった。
 狩りともなれば、例え微行だとしても多少は人が周りにつくし、狩りに参加する者たちの身内の子女も見にやってくる。こういった機会を増やすことによってコウライギと他者との接点を作ることこそがホウジツの狙いだ。
 まさか、その狩りの途中で異世界から来た青年を捕まえることになるとは、その時のホウジツは思ってもみなかったのだった。


丞相…宰相
尚書…大臣
吾…俺と同義、一般的な一人称
卑職…官僚の謙称
本王…朕と同義、王の一人称


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