7「晃人どう見ても猫被ってたろ。別に態度が少しくらい違ったって中身まで隠してるわけじゃなさそうだったから気にしてなかったけど」 さらりと言って始が笑う。まあ実際その通りなんだが、俺はこれでも一応長年猫被りを続けてきた実績を持っているわけで、それこそ家族と接する時だって徹底している。それをこうもあっさり見抜かれていたとなると自信も喪失するってもんだ。 「……知ってたなら何で言わなかったんだよ」 心持ち肩を落とした俺に苦笑した始が、自分の弁当から卵焼きをつまんで俺の弁当の蓋に載せる。卵焼きが好きだと言った覚えはないんだが。こいつ本当によく観察してるなあ。 「晃人にだって晃人なりの事情があったんだろ? 変に問い詰めても迷惑かなと思ってさ。まあ今後隠さないでいてくれるのは結構嬉しいよ。俺のこと信頼してくれてるってことだろ」 事情というか、中身がおっさんなのを隠していただけなんだがな。しかしそう言われて嬉しくないこともない。俺は遠慮なく卵焼きを口に入れて頷いた。 「まあな」 「だよな!」 始が朗らかな笑顔を浮かべた途端、周りの席からキャーと悲鳴が上がる。そう言えばこいつも親衛隊を持つくらい顔がお綺麗なんだった。 親衛隊の奴らはもっと始と親しくなるべきだな。始は外見もお綺麗だが中身はもっといいぜ。 そんなことを考えていると、ふと始が箸を置いて俺をじっと見た。 「あのさ、今日は放課後に保健委員会の集まりがあるんだよね。……どうする? 俺を待ってる? それともひとりで帰る?」 「あー」 そりゃ仕方ないな。俺は判断に迷ってこめかみを掻いた。教室なんかに残ろうもんなら制裁の餌食になりかねないが、ひとりで戻るには桜が邪魔だ。最近は満開の桜が教室の窓からも見えるもんだから授業中すら眠くて困っているのだ。 「……待ってる」 「どこで?」 「そうだなあ……。図書室なんかどうだ?」 この学院にはちゃんとした図書館もあるが、教室三つ分くらいの大きさの図書室も教室棟に備えられている。俺の考えでは、勉強する奴は自習室のある図書館の方へ行くだろうし、放課後わざわざ図書室に寄る奴なんか居ないはずだ。 始も納得したのか、少し考えてから頷いた。 「じゃあ、図書室で」 それで放課後の予定は決まり、俺たちは午後の授業を受けるために連れ立って食堂を出た。 それが、どうしてこうなってんだ。 「あの、駒場、会長……近いです」 俺はほぼ誰も居ない図書室の本棚の隅に背中をつけている。目の前に迫っているのは同い年の癖に俺より随分身長の高い駒場で、俺はこれ以上後ろに下がれないものだから出来る限り頭を仰け反らせるほかなくなっている。 「新でいい」 誰もお前の名前の呼び方なんざ気にしてねえよ。無理矢理浮かべた愛想笑いが歪んで変な顔になっている自覚があるが、もうこいつだって俺のぎこちない作り笑いの方だけ見慣れてんじゃないだろうか。 「晃人……」 俺の顔の両側に腕をついて、上背のある身体を屈めて顔を寄せてこられる。反射的に顔を背けると、耳元に息がかかった。 「この俺がお前を好きだって言ってるんだ、素直になれよ」 素直に嫌がってんだよ。 唇を引き結んで小刻みに首を振る。腰を抱かれ、笑いの振動が密着した身体から伝わってきた。 「や、やめてください……っひい!」 つうっと背中を撫でられて震える。思わず背中を仰け反らせると、まるで駒場に身体を押し付けているような格好になった。何だこれ。屈辱的すぎる。 奥歯を噛み締めてぎりりと睨みつける俺を見て、駒場が切れ長の目を見開いた。距離が近すぎて奴の瞳が暗い緑色をしているのまでわかる。 「本当に、お前は面白いな」 そう言っているのは多分本心だろう。だからこそ俺はこいつの言いなりになりたくないのだ。俺だって前世で人並みに恋愛くらいしたことがある。こいつが俺に惚れているわけじゃないことくらい、お見通しだ。 「やめ……」 拒絶しかけた俺の顎を駒場がとらえる。ぐっと顔を持ち上げられて、顔を背けようにも力で負ける。唇を結んで目を閉じた途端に、駒場の動きが固まった。 |
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