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「君にはそろそろ本当のことを話しておこうと思うんだよね」
 始がそう切り出したのは、購買部で買った弁当を持って美術室にふたりで避難してからのことだった。
 今日はどの学年も美術の授業がない日らしく、だから生徒はおろか教師も来ることはないのだと始がにこやかに述べていた。俺としてはどうやってそんな情報を把握したのかが不思議だったが、深く追及することもないと割り切っている。
「本当のこと、ですか」
「ははっ、そう、本当のこと」
 よほど不思議そうな顔をしてしまったのか、始が堪えきれないように笑い出した。
「俺、実はいわゆる腐男子ってやつなんだよね。ホモを見て面白いなーって思えるタイプって意味ね」
「はあ……」
 フダンシ。それはホモではないのか。だが始は以前ストレートだと言っていたし。内心で混乱しているのがわかっているのだろう、始が小さく頷いて言葉を続けた。
「ホモは好きだ。ただしフィクションに限る。……なんて言うのかな、アクション映画が好きでも現実では喧嘩も暴力も嫌いな人って普通だろ。俺の場合、小説とかのホモは好きだけど、現実でのホモは苦手なわけ」
「ああ、なるほど」
 それなら少しは理解できる。俺もゾンビ映画は大好きだが、実際ゾンビが出てきたらたまったもんじゃねえよな。そういうことか。
 俺は頷きながら弁当の西京焼きを口に放り込んだ。この学院の食堂もいいが、弁当だってなかなかだ。
「そもそもこの学院では編入生自体が珍しいんだよ。今年は君と青山(あおやま)くんが入ってきたわけだけどね。……青山くんはそこそこ喧嘩も出来るって話だし、自衛は問題なさそうだからいいんだけど。それよりは君の方が危なっかしい感じだったから、まあ最初は適度にアドバイスして、あとは見守るだけのつもりだったんだよ」
 君が望んでもいない痴情のもつれに巻き込まれたら困るだろうからね、と言う始は少し照れくさそうな顔をしている。
「まあ、つい深く関わっちゃったけどね。……僕はフィクションで色々読んできたから、親衛隊とか駒場くんあたりがどんな行動に出るのか想像がつくし、少しは君を守れるかなと思ってさ」
「うん……」
「実を言うと隣の席になったのもわざとなんだよねー」
 あはは、と笑う始に小さく相槌を打ちながら、俺は柄にもなく感動していた。いい奴だと思っていたが、こいつはちゃんと俺のことを考えてくれていた。そうでなければ今まで関わらなかった生徒会だのに、自分から絡む必要なんて全くなかったはずだ。
 今まで俺には友達なんてものがほとんど居なかった。精神年齢が違いすぎて対等になれなかったのもあるが、女どもに囲まれすぎていたのも原因のひとつではある。小学生や中学生のガキにやっかむなと言う方が難しいのは、一応理解できているつもりだったが。
 つまり、始は実質的には榊原晃人の初めての友人だということだ。
 俺は少しだけ迷ってから、意を決して顔を上げた。始になら話してもいい。本当の自分を見せても大丈夫だろう。
「僕……、いや、俺も本当のことを言うと、かなり猫を被っていた」
「うん?」
 始が俺を見て何度か瞬きをする。それから、こてんと首を傾げて微笑んだ。
「知ってたけど?」
 知ってたのかよ!


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