5不本意ながら、授業中の教室はすっかり俺の憩いの場と化した。もともとお勉強は得意だが、主な原因はもちろん駒場のせいだ。 一応最低限の良識くらいは持っているらしい駒場は、とにかく授業の合間だの校舎の往復だのを狙って呼びつけようとしてくる。当然お断りだ。俺はホモじゃない。 何故か驚異的な危機回避能力を誇る始のお陰で、ここ数日間会計の親衛隊による制裁も駒場からの接触も全てうまいこと逃れられているのが救いか。そろそろ俺は始には未来予知能力があるのではないかと非科学的なことを考えはじめている。 だが、幾ら始の助力によって制裁や駒場を回避したとしても、担任の和泉だけは避けようがない。俺は相変わらず奴に目の敵にされていて、ことある事に雑用を押しつけられていた。 「はーっ、はーっ、和泉、先生、運んできました……」 何だってこいつは毎回毎回重くてたまらない教材を俺に運ばせるのか心底理解できない。奴が準備室に忘れてきたという課題図書の山を教卓に置き、俺はぜえぜえ息を切らせている。一冊一冊はごく薄いとはいえ、クラス全員分ともなると結構な重量になる。 「プリントは? 持ってきてないのか」 お前それ言わなかっただろうが! 浮かべた笑顔が硬直する。幾ら温和に振る舞おうにも、相手の和泉がこの調子じゃあそのうち爆発しそうだ。しかも休み時間はもう残り二分もない。今から準備室まで行っていたら遅刻だ。その場合は遅刻は免除してくれるんだろうな、おい。 「先生、」 「和泉先生」 流石に文句のひとつも言ってやろうと口を開いた俺を遮ったのは、意外なことに始だった。ちょうど教室の外から戻ってきたところだったらしい。 始本人からは特に聞いてはいないが、どうやら奴は和泉が苦手らしい。というのも、始はとにかく和泉に関わらないように避けているようにしか見えないからだ。 その始が自ら和泉に話しかけていることに驚いて、俺は始を見たまま口を閉じた。始が和泉をじっと見て、それからにっこり微笑んだ。 「和泉先生って、性格悪いんですね。ちょっとがっかりしました」 そのままするりと俺たちの前を通り過ぎ、始はさっさと席についた。 「……さ、榊原」 「はい」 視線を和泉に戻す。何故だか奴はがっくりとうなだれていた。傲慢で他人にどう思われようと気にしないようにしか見えない和泉が落ち込むとは思えず、俺は自分の目を疑った。 「プリントはもういい。席につけ」 「はい」 首を傾げながら席に戻る。昼休み終了の鐘と共に始まった授業は何故だか最初から最後まで葬式のように重かった。 「ま、和泉先生もこれで少しは懲りたと思うから許してやってよ」 「それは構いませんが……」 あれだけ落ち込んでいるのを見たら責める気もなくなるが。和泉は案外繊細なのだなと納得して、俺は授業を終えた和泉がうなだれたまま教室を出て行く背中をぼんやりと眺めた。 そんなことより次の授業が終われば昼休みだ。また駒場が来る前にどこかに逃げておかなければならないことを思い、俺は小さくため息を吐いた。 |
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