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 駒場からの唐突な要求に絶句した俺には、ただ呆然と奴を見るしかできなかった。そもそも俺と駒場のどこに色恋の発生する要素があったんだ。全く理解できない。
「どうした」
 何も言わない俺に駒場が怪訝そうな顔をする。いや、どうしたもこうしたもあるか。何でいきなりお付き合いをしようなんて気になったんだよ。
 俺は引き攣った笑みをどうにか繕ってひとつ息を吸った。そしてはっきりと宣言する。
「お断りします」
「は……」
 今度は駒場が絶句する番だった。よほど自分に自信があったのか、言葉も出ないといった風情だ。形のいい唇がぽかんと開かれ、信じられないものを見るように目を丸くしている。
「何を……」
「ですから、お断りします」
 そんな間抜けな顔をしていても顔立ちがお綺麗なせいで間抜けには見えないのが妙に腹立たしい。断られることを想定すらしていなかったようだが、それこそ何様のつもりだ。誰もが喜んで頷くと思うなよ。
「では、僕はそろそろ戻ります。お邪魔しました」
 俺はぐいっとまだ熱い茶を飲み干して白金に返し、一礼してさっさと保健室を出た。
 駒場はよほど衝撃を受けたのか、後を追ってきたりはしなかった。代わりに、背後から白金の爆笑が廊下に響いていた。


 ところが、それで全てが終わったかと言うと、そんなわけにはいかなかった。
 保健室での件があった直後から駒場はしつこく俺に声をかけようとし始めた。一瞬でも胸を撫で下ろしかけていただけに、余計に苛立ちが募る。
 そんなことより俺としては始と白金の関係が気になっていたが、それを訊く気持ちの余裕すら与えられないほどに、駒場は人目のない時を見計らっては俺につきまとってきた。
 まず、当日の帰り道で声を掛けてきた。それを撒いたはずが、何故か俺の部屋に来た。やっとの思いで押し返し、翌日の午後には空き教室に連れ込まれそうになった。それを何とか撒いて夕食を済ませ、寮の門限ぎりぎりに滑り込んだ時にはどっと肩から力が抜けたものだが、一夜明けたらまた早速来やがった。
「晃人。おい、晃人、居るんだろう」
 ドンドンと扉がノックされる。流石に人目を避けるだけの配慮はあるのだろうが、この状況はいただけない。
 俺は自室にまで押し掛けてきた駒場への対応に困り果ててため息を吐いた。
「あー、榊原は只今不在にしております」
 やる気のない返事だけすると、ノックの勢いがますます強くなる。そうだな、この寮には一般生徒は入っていないから人に見られる心配はねえもんな。だからって迷惑行為をしていいことにはならねえんだよ。
「居るんじゃねえか!」
「居留守を使いたいのでご遠慮願えますか」
「いいから開けろ」
「お断りします」
 もうやだ。俺に安寧は来ないのか。涙がちょちょ切れそうだ。
「おい晃人」
「もう寝ますので! おやすみなさい!」
「今は朝だぞ」
「体調不良で休みます! おやすみなさい!」
 俺はベッドに駆け込んで布団を頭から被り、駒場がなおも扉の前で何やら言っているのを無視した。朝からひとの部屋に押し掛けてきてんじゃねえ。
 しばらくすると、さすがに自分も遅刻ぎりぎりだと気づいて立ち去ったのか、扉のあたりが静かになった。
 こうなったら仕方ない、念のため一時間目の授業はすっぽかしてその次の授業から出席しよう。
 少し迷ったが、始が心配しそうだから一応メールを入れることにする。俺は渋々携帯電話を取り出した。
「はあ……」
 文字の入力に物凄く手間と時間がかかるから、俺は携帯電話が苦手だ。老人向けのやつを使いたかったが、それは父の秘書に止められた。
「す、み、ま、せ、ん、お、く、れ、ま、す……っと」
 やっとのことで始に送ったメールの返信は一分もしないうちに返ってきた。どんな速度だ。今度始にメールの秘訣でも教わろう。


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