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「何でお前がここに居るんだ」
 俺を見て開口一番に言われて、俺こそお前にそれを訊きてえよと内心で吐き捨てる。勿論それを口に出すような真似はしない。
「ちょっと気分が優れなくて」
 教室を出た時の言い訳を口にすると、駒場は半信半疑の表情でふうんと言った。視線は白金に向けられている。
「何もしてないって」
 困ったように肩を竦めた白金は、さっと席を立つと当たり前のように茶の準備を始めた。席を外されると気詰まりなんだが。
 仕方がないので、俺も手元の少し冷め始めた烏龍茶を啜る。榊原晃人として生まれる前はそこそこ海外旅行をしていたから、各地の茶の味がわかるのはそのためだ。
「……お前は、変わってるな」
 電気ケトルだと湯はあっという間に沸く。ぼんやりと白金が茶を淹れるのを遠目に眺めていると、ふと駒場が心底不思議そうな声を発した。
 怪訝に思って視線をやると、すぐ目の前に居る駒場と目が合った。意外なほど距離が近い。
「どこが、ですか」
 反射的に顔を引きながら問い返す。ごく近くから見た駒場の瞳は、限りなく黒に近い緑色をしていた。金持ちにままあることだが、こいつも実はハーフかクオーターなのだろうか。至近距離でもないとわからなかった。
「どこがと言われると難しいが……お前みたいなのは初めてだ」
 それはお前が金持ちのボンボンで、周りにちやほやされて育ったからだろ。
 俺から見ればガキでしかないこいつの思考なんてお見通しだ。こいつに対してキャーキャー言わないもんだから、それが珍しいんだろう。
 だが、榊原晃人としてはそれを指摘してしまうのは少しおかしい。俺は黙って茶を飲み干した。
「ほら、これでも飲んでろ」
 急須を持って戻ってきた白金が差し出した湯呑みを受け取って、駒場は眉を寄せた。
「おい、頭痛薬は」
「あんまり薬に頼りすぎると耐性ついて効かなくなんぞ」
「ちっ……」
「榊原も要るか?」
「……ありがとうございます」
 訊いておきながら、白金が有無を言わさず空になった湯呑みを奪い取る。湯気のたつ茶をなみなみ注いで返されて、俺はため息を吐いた。白金が居たところで気詰まりなのは変わらない。結局のところ、俺は駒場とはあまり関わりたくないのだ。
 保健室に沈黙が降りる。
 手持ち無沙汰だが、俺は少々猫舌なので熱い茶をすぐには飲めない。表面にそっと息を吹きかけていると、不意に駒場が湯呑みから顔を上げた。
「……お前、あいつと付き合ってんだろ」
「はい?」
「あー」
 どっちだ。そしてあいつって誰だ。首を傾げると、白金が胡乱げな表情で変な声を出した。
「どいつのことかなー」
「お前と、中野」
「ええっ!」
 今度こそ、駒場がはっきりと白金を見て言った。衝撃の事実に、流石の俺も驚いて白金を振り返る。まじか。中野ってストレートじゃなかったのか。
「あー、うん、んー」
 白金はというと、何とも煮え切らない様子で唸りながら俺と駒場を交互にチラチラ見ている。肯定していいのかいけないのか迷っている、という感じだ。それが尚更事実を裏付けているようで、俺は静かに衝撃を受けてしまう。
「で? どうなんだよ」
「はあ……駒場くんがそんなこと気にするとは思わなかった。……まだ、付き合ってはいないかな」
「あの、白金先生、それって……」
「ふーん」
 たまらず詳細を尋ねようとした俺の言葉はあっさり遮られる。思わず睨みつけたくなって俺は顔をしかめた。おい、友人がホモかそうじゃねえかの瀬戸際なんだ。邪魔すんじゃねえ。
「ま、少なくとも晃人とは何ともねえんだろ」
 さらりと言った駒場が湯呑みを傾ける。飲み干したそれを白金に突っ返して、椅子から立ち上がった。かと思えば、その場に立ったまま俺を見下ろしてくる。じっと見据えられて、居心地が悪い。
「おい、晃人」
「何でしょう」
 ただでさえある身長差を強調されて、俺は首を上に向けて駒場を見上げた。俺と話すつもりなら目線の高さくらい合わせろ。首が痛くなんだろうが。
 内心不愉快に思っているのが伝わったのかは知らないが、駒場はいかにも偉そうな笑みを浮かべた。
「晃人。俺と付き合え」
「……は?」
 開いた口が塞がらず、俺はぽかんとして駒場を凝視した。彼女居ない歴より彼氏居ない歴を心配する羽目になるとは、全く考えてもいなかった。


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