7


 まずい。まずすぎる。
 親衛隊持ちの生徒会役員たちに囲まれているこの状況を一刻もはやく打破しないと死ぬ。東山に殺される。
 俺は思い切り立ち上がり、まだ何か話している駒場と伊都の会話を遮った。
「駒場さま、先日は困っていたところを助けてくださいましてありがとうございました。只今ご忠告いただいた通り、二度とあんなことがないようによく注意いたします」
 駒場がちょっと面食らった顔をした。俺は構わず続ける。
「皆さまの、駒場さまをこれ以上煩わせるわけには参りませんので、僕はここで失礼いたします。お気遣いありがとうございました」
 敢えて声を大にして言う。皆さまの、のくだりは力一杯強調しておいた。じっと駒場の目を見て言うと、奴もようやく自分のしたことの迂闊さに気づいたらしい。一瞬、しまったとでも言いたげな顔になった。
 この野郎、自分の親衛隊がどんな行動に出るか絶対考えてなかったな。ちょっと食堂で声かけるくらい、って考えてたろ。嫌がらせかと思ったら単純に思考からそこんとこが抜けていたらしい。初対面の時も変なことばかり言ってたし、こいつ案外抜けてんだな。
 普通は通りすがりに声をかけるくらいなら何とかなるらしいが、俺は駒場と並んで登校しちまってるから状況が違う。こっちはいい迷惑だ。
「そうか。ならいい」
 しかし偉そうにしやがって。お前の辞書に謙虚って文字はねえのか。
 内心いらっとしたが、つべこべ言ってる暇はない。周囲にも、なんだそういうことだったのか的なムードが漂っている。これを好機と見て、俺は一礼してテーブルから離れた。始も同じく席を立って一礼する。食べかけの定食は諦めるしかない。後で購買に寄ろう。
「それでは、失礼いたします」
 これで問題ない。見たところ駒場はちょうど通りがかりに俺を見つけただけのようだし、俺は先日あの恥ずかしい電子レンジ煙幕事件を起こしている。説得力はあるはずだ。
「あ、ちょっと待ってよ〜」
 内心で安堵して立ち去ろうとした腕を掴まれた。な、何しやがる。
「俺さあ、君のこと気に入っちゃったんだよね〜」
「僕、ですか」
 無理矢理浮かべた笑顔が引き攣る。俺の腕を掴んだ伊都は一見楽しげに微笑んでいるが、相変わらず目が死んでいる。何者だよこいつ。
 周囲のざわめきは今度こそ大きくなった。しくった。駒場よりこいつの親衛隊に絡まれる。駒場が眉を顰めて伊都に声をかけた。
「伊都」
「君だよ〜清楚ちゃん」
 だから清楚ちゃんはやめろ。
 しかも伊都は自分のしでかしていることを完璧に理解しているようだ。周囲の悲鳴じみたざわめきに目を細めて、明らかに楽しんでいる。その指が俺の頬に触れ、両目を覗き込まれた。
「ねえ清楚ちゃん、お名前はなんていうの?」
「やめて、いただけますか、伊都さま」
 伊都と俺の身長差はそれほどないが、少しばかり伊都の方が低い。思い切り振り払うわけにもいかず、可能な限り顎を引くと、まるで見つめ合っているような構図になった。俺の顔色が土気色でさえなければの話だがな。
「だーかーら、名前を訊いてるんだけど……? 言ったでしょ、次は捕まえるって」
 伊都がわざとらしく顔を寄せてくる。背後で断末魔に近い悲鳴が上がった。死んだ。確実に死んだ。俺は殺される。
「おい、伊都。やめろ」
 見かねたのか駒場が伊都の肩に手をかけたが、伊都はそれすら無視だ。確かに駒場は生徒会会長だが、伊都は上級生だ。無理矢理引き剥がすのを躊躇う気持ちは何となくわかる。
 俺はとにかく一刻も早くこの場から離れたくて、渋々名乗ろうとした。
「俺と同じ一年の、榊原晃人です。俺は中野始。よろしくお願いします」
「え、あ」
 まさかそこで始が口出ししてくるとは思わなかった。驚いて始を見るが、奴はにっこり愛想笑いを浮かべるだけだ。
「申し訳ありませんが、俺たちはここで失礼しますね。昼食、お楽しみになってください」
 さらさらと述べて、始が改めて一礼した。そのままするっと俺の腕を掴んで引っ張る。伊都の手は思いのほかあっさり離れた。
「始さん」
「話は後で」
 小声で言う始に頷いて、俺は出来るだけ顔を伏せて食堂を出た。
 わけのわからない人間が多すぎる。俺の許容量はもういっぱいいっぱいだった。


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