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 翌日、わざわざ俺の寮まで迎えにきてくれて、一緒に歩いてやるよと提案してくれた始は、欲目抜きで友達思いのいい奴だと思う。さすがに手を引いたりなんかはしないが、俺の二歩前を歩いてくれるお陰で、俺は始の足元だけを見て歩けば済む。前方や周囲はあいつが確認してくれるから、駒場と遭遇する心配もない。あいつの親衛隊も、今のところ特におかしなことを仕掛けてくることもないから、このままなら俺は平穏な生活が送れるんじゃないかと考えながら登校した。
 桜を見ないで済むなんて、素晴らしい朝だ。ここのところ毎日眠くてたまんなかったんだよなあ。
「ああ、いいところに来たな。榊原、ちょっと準備室行ってプリント取ってこい。俺の机の上にあるから」
「……はい」
 始と連れ立って教室に着いた途端、和泉に雑務を押し付けられてそんな気分は霧散したがな。くそ、あの教師人使い荒すぎねえか。そもそも準備室から来たんだったら自分で持って来いよ。それともあれか、忘れてきたのか。若年性痴呆症の疑いで病院行ってこい。
 内心で不満をぶちまけつつ、俺はホームルーム中で誰も居ない廊下を歩く。教室棟と職員等があまり離れていなくてよかった。地面を見ながらでも問題なく往復できる距離にある。
「ん……?」
 ふと、降りようとした階段の上から何か物音がすることに気づいて、俺は顔を上げた。この学院では階段には吹き抜けがあって、普段なら気にはならないが、これだけ静かだと物音がよく響く。
 聞こえてきた音がなんだか泣き声のようにも思えて、少しばかり逡巡したものの、俺は階段を上がることにした。誰か足でも挫いてたりしてな。これから授業が始まるから、当分は俺以外の奴は通らねえだろうし。
 トントン、と足取りも軽く階段を上る。
「誰かそこに……」
 居るんですか、という言葉は声にならなかった。
「ん、あぁ……はっ」
「……」
 そうだった。この学院にはホモが余るほど居るってこと忘れてたわ。
 ちょうど一階分の階段を上った踊り場の隅で、男子生徒が二人ほど乳繰り合っていた。茶髪の男が、頭ひとつ背の低い生徒を壁に押し付けてキスなんかしている。足が股間に割り込んでいるのが何とも言えず生々しい。
 誰が誰と何をしていても構わんが、公共の場でやることじゃあねえ。思わず言葉を失って棒立ちになっていると、不意に茶髪が振り返った。茶髪というより金髪に近いくらいだな。ピアスがやたらあいていて痛そうだ。
 二年の緑色のネクタイをしたこいつを、どこかで見たような気もするんだが思い出せん。そいつはというと、俺を上から下まで値踏みするように眺めてからにっこり笑った。
「堂々と立ち見? 悪趣味ぃ〜」
「……お邪魔しました」
 こういう輩には関わらないに越したことはない。おざなりに頭を下げ、踵を返そうとしたところで腕を掴まれた。
 乳繰り合ってたんじゃねえのかよ。
「君さあ、地味だけど意外に綺麗な顔してるよねえ」
 つ、と指先がサングラスのふちに触れる。眉を顰めて顔を逸らすと、くすくす笑われた。
 さっきまでいちゃついてた相手、こいつを何とかしろ。そう思って男の後ろに視線をやるが、床にへたり込んでいて役に立ちそうにもない。あれか。腰砕けてんのか。どんな技術だ。
「ね、君、一年生だよね。名前は?」
「ただの通りすがりですのでお気になさらず」
「へえ……」
 二年生が目を細める。どこか猫のような目つきだ。
「伊都さま……」
 ようやく声を出す気力でも湧いたのか、床にへたり込んでいた方がか細い声で男の名前を呼んだ。
 いと。伊都? え、まさかこいつ生徒会会計じゃねえか。絶対お近づきになりたくない人種だ。
「……」
「……」
 伊都は少しの間俺を見ていたが、すぐに興味を失ったように手を離した。
「今回は見逃してあげるけど〜、今度どっかで会ったら捕まえちゃうからね?」
 こてん、と笑顔で首を傾げて見せる仕草が妙に幼いが、その両目は何の感情も映していない。死んだ魚の目のようで、ぞっとなる。
「……失礼しました」
 三十六計逃げるにしかず。俺はさっさとその場から退散した。
 和泉には遅いと怒られた。だから今度も俺のせいじゃねえよ。


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