4中野はそのまましばらく考える素振りをしていたが、やがて思いついたように口を開いた。 「それじゃあ、桜が散るまでは、俺が送り迎えしようか」 「……えっ?」 さすがに驚いた。中野は至って真面目な顔している。本気で言っていることがわかって、俺は少し彼を見直した。ここ数日見ていた限り、彼はあまり誰とでも親しくするタイプではないことがわかっていた。俺については学院に入りたてで、誰かの案内があった方がいいのは確かだが、それでも過度な干渉はしてこなかった。 彼はあまり誰にも踏み込もうとしていないのだと思う。中等部からこの学院に居るはずの中野に親しい友人の姿が見当たらないのは、決して偶然ではないはずだ。 「榊原はこの学院の風潮には少し合わないようだし、なんか、心配になってさ」 「あ、ありがとうございます……」 少し照れくさそうな微笑みには、俺の方が少しドキッとしてしまいそうになった。うん、お前、そんな顔してたら血迷う輩が出てもおかしくない気がしてきた。ということは、親しい人間をつくらないのは自衛のためなのか。 「ほら、良ければ俺が手を引くから。寮に戻るんだろ?」 「はい」 差し出された手を取る。中野の手は柔らかく、優しかった。少しだけ位置が高いので、ほぼ同じ身長に見えていた中野の方が俺よりも背が高い可能性に思い至って落ち込む。俺にだって成長期は来るんだ。その予定だ。 まだ桜は満開を迎えたばかりだから、花びらはそれほど散っていない。地面にぽつぽつと落ちている桜色を目で追いながら、俺は中野に手を引かれるままに歩いた。 「それにしても、僕がここで会長と遭遇しそうになるなんて、よくわかりましたね」 「うん、まあ、勘かな」 こいつは何かの野生動物か。呆れた顔をしていると、俺の表情を覗きこんで確認した中野が、いかにも心外だと言いたげな表情になった。 「君こそ一級フラグ建築士じゃないか」 「……すみませんが意味がわかりません」 「うーん、要するに、特定の人間と縁が深まるような行動を無意識のうちに選択してしまうタイプの人間ってこと」 そんな真似した覚えはねえよ。俺は特に騒がず騒がれず、穏やかに学生生活を送りたいんだ。 だが、中野が言っていることもわからなくはない。悔しいが、俺はどうも平穏な生活とは無縁になりそうだ。とりあえず東山が怖い。ついでに駒場が鬱陶しい。あと和泉からの風当たりが強い。 「ほら、駒場だって君に関心を持ってるし、多分このままいくと伊都先輩あたりも絡んできそう。和泉先生は……うん、まあ、仕方ないけど」 苦笑いする中野こそ、どこまで知っているのやら。駒場たちを名前で呼んでいるのも気になった。 「中野さんは駒場……さま、と親しいんですか」 「ああ……別に親しいわけじゃないけど、毎度毎度さまとかつけるの面倒くさくない? 榊原なら信用できるし、いちいち告げ口しそうにないからいいかなって」 「……」 俺は言葉を失って、まじまじと中野を見つめた。こいつ冗談抜きでいいやつだった。腹を探ろうとした俺がただの馬鹿じゃねえか。 「始さん、と呼んでも構いませんか」 「うん? いいけど。どうしたんだ晃人」 自然に俺の名前を呼び返してくる始に、俺はにやりと笑った。いつもの俺の振る舞いじゃないのはわかってる。だけどこいつはもう俺のダチだ。 「友達、ですから」 「ん」 照れくさそうに笑った始の頭を撫でてやったら怒られた。何でだ。 |
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