2


 青雲学院に来てから最初の土日を、俺は読書と映画鑑賞をして心穏やかに過ごした。桜がかなり咲いてきて眠かったってのもある。
 こう見えて俺は読書が好きだ。最近のパソコンはよくできているもので、こう、画面のとこだけを取り外したような代物まで出回っている。薄っぺらくて大して重くもないそいつを使うと、どこにどう入ってるんだか知らないが好きなだけ本が読める。文明ってすげえ。
 機械の類はどうも苦手だが、これだけは操作できるようになるまで父の秘書に教わった。あいつはほんといい奴だが、映画もインターネットで観られると言われた俺は不貞腐れるしかなかった。そこまでできれば俺だって機械音痴なんて呼ばれずに済んでたはずなんだよ。つまりレンタル最高ってことだ。
 飯は相変わらず手っ取り早くカップ麺で済ませようとしたら、中野が今は冷凍食品に唐揚げやら麺類やらがあると教えてくれた。枝豆まであった。いつまた電子レンジが炎上しやがるかわからないから、絶対に目は離せないけどな。
 週末を好きなだけゴロゴロして過ごした俺の抱いていた危機感は、それですっかり薄まっちまっていたのかもしれん。和泉に取って来いと言われた大量の洋書を抱えて図書館から戻る道すがら、俺は駒場の姿を遠くに認め、慌てて物陰に身を隠した。壁に隠れるなんてしょうもない真似はしねえ。さっと階段の方に避け、踊り場まで上がる。あいつの行き先がどこかは知らねえが、どちらにせよこれで避けられるだろう。
 今度駒場に絡まれたら俺の命はない。ほぼ比喩でなく、東山に心臓を止められそうな予感がひしひしとする。
「伊都」
 念のため、立ち去るところを見届けようと思って駒場が通り過ぎるのを待っていると、よりによって階段のすぐ前の廊下で奴が足を止めた。
「あ、シンちゃんじゃーん。どしたのー?」
「シンじゃねえ、新だ。いいから今日の帰り、生徒会室に来いよ」
「ええーっ、俺だって忙しいのに〜」
 いかにも呑気そうな話し方をしているのは誰だろう。役員なのだとしたら、入学式の役員挨拶でへらへら笑っていた会計かもしれない。どうでもいいから早く行け。俺はそこの廊下を通りたいんだよ。
「新歓の打ち合わせすっぽかしたらただじゃおかねえからな」
「はぁ〜い……もう、シンちゃんってばちょっと堅すぎ〜」
 二人の話し声が遠ざかって、俺はため息を吐いた。俺は静かに暮らしたいだけなのに、この学院は面倒が多すぎる。

「遅い」
 ハードカバーのせいで無駄に重い洋書の山をどさっと降ろすと、和泉がペンを動かす手を止めもせずにそう吐き捨てた。最高に不機嫌そうだ。
 ほんの数日で実感したことだが、こいつは俺のことがよほど気に食わないらしい。そんなに毛嫌いするならそもそも学級委員になど指名しなければいいのに、結局毎日授業とホームルーム以外でも顔を合わせては不愉快そうな態度を見せる。こいつも何を考えているのかわからん。
「たかだか図書館へ行くのにどんだけ時間かけてんだよ。サボってんじゃねえ」
「申し訳ありません」
 サボってねえよ。会長を回避してたんだよ。俺こそ不機嫌になりかけるのを自制して簡潔に謝罪する。
「……おい、一冊足りねえぞ」
「現在貸出中になっています。借りている生徒の名前は確認しましたが、催促しますか」
「当たり前だろ。そもそも催促くらい済ませてから持って来い」
 り、理不尽だ……。まだ俺は高校生のはずなんだが、いつから高校生には社会人並の判断力が要求されるようになったんだ。半目になりながら、俺は頷いた。
「では、中野さんに言っておきます」
「は?」
 手元の何らかの書類か洋書にしか視線をくれなかった和泉が顔を上げた。おい、顔面に俺様は不機嫌だって書いてありそうな顔すんじゃねえよ。こっちはか弱い生徒だぞ。
「ですから、うちのクラスの中野始さんが借りているので」
「……いい」
「はい?」
 俺は首を傾げた。何言ってんだこいつ。十秒前の自分の発言をもう忘れたのか。お前は認知症か。
「だから、いいっつってんだよ。……もういい、仕事は終わりだ。帰れ」
 しっしっと犬を追い払うような仕草に、流石の俺も笑顔を硬直させた。
 若造相手に怒りを爆発させるほど俺だってガキじゃあない。だが、こいつはいつかぎゃふんと言わせねえと気がすまねえ。
 今に見てろよ!


Prev | Next

Novel Top

Back to Index