4中野は鋭い。俺が金髪を黒染めしていることまでは気づかなかったようだが、髪を隠しているというのは事実だった。天性の勘か何かだろうか。これで何か秘密を抱えていたなら、絶対に近寄りたくない類の人間だっただろう。 俺には確かに前世が榊原利晃だったという最大の秘密があるが、俺自身の記憶以外には何の証拠もない。話したところで頭がいかれてると思われるのが精々だから、誰にも口外したこともないしな。 髪の色についてばれたところで、実際ただ純粋に黒くないのが気にくわなくて染めているものだから、目立ちたくないと説明すればいい話だ。中野の勘がここまで優れていることは俺にとってはむしろ利点になる。いい知り合いが出来たものだ。 そんなわけで、視線につきまとわれながらの昼食を終えても俺は気分が良かった。 一方、俺が生徒会会長と朝一緒に居たという噂は昼の間にすっかり浸透しきっていたようだ。初日の授業が終わる頃には俺はすっかり生徒たちに囲まれていた。俺はこれからあの和泉のとこにプリント持って行かなきゃいけねえんだよ。早速仕事押し付けやがって。 「ねえ榊原くん、今朝会長さまと一緒に登校してきたっていうのは本当?」 「榊原くん、どうやって会長さまと知り合ったの」 「なあ榊原」 「榊原くん、あのさあ」 噂の真偽を確かめにきている奴、会長と間接的に接触する好機と見て媚びてくる奴、単純に俺の外見をちやほやしにきた奴。分類するとざっとこんなもんか。ちなみに小動物系の生徒たちは遠くから殺意の滲む視線でこちらを睨んでいる。完全に嫌われたな、こりゃ。 「ちっ、うぜえ」 俺の真後ろの席に座っていた、二色に色分けされた派手な頭の生徒が舌打ちして教室を出て行く。うざい、ね。ごもっとも。俺もうざいと思ってる。 「申し訳ありませんが、周りに迷惑なのでここに集まらないでいただけますか。僕は教員棟にこれを届けに行きますので、失礼します」 さらっと告げ、集め終わったプリントの束を持って立ち上がる。俺が集めたんじゃないが、生徒のひとりが何故か代わって集めてくれたものだ。ついでに学級委員も代わってくんねえかな。 俺を囲んでた奴らはそれで道をあけてくれたが、そもそも囲むなよ。というわけで騒ぎの元凶はさっさと消えるに限る。ついでに中野にちらりと視線を向ければ、奴も心得たように席を立った。 授業が行われる教室棟と教員たちの居る教員棟はそれほど離れていないが、苦手な地図を投げ出した俺に案内役は必須だ。中野は親切だしな。 教室棟を出て歩きながら、俺は隣の中野に顔を向けた。こいつの身長は俺とほぼ同じくらいだし、雰囲気が物静かなので圧迫感がなくていい。 「中野さん、夕食はどうしてるんですか」 「ん、一応自炊してるよ。余裕がないってほどじゃないけど、節約してるんだ」 「……明日のお昼は僕が奢りますので、今夜はお相伴に預かってもいいですか」 「いいけど」 中野が不思議そうに首を傾げた。少しだけ色素が薄い中野の髪はうっすらと茶色がかっていて、それがやや暮れかけた日射しに照らされてより明るい色に見える。榛色の目を瞬かせるのを見て、そう言えば説明していなかったなと思い至った。 「実は、会長に、今夜部屋に来るように言われていて」 それを避けたいんだが。続けようとした言葉は中野に遮られた。 「えっ榊原まさかそんなフラグまで立ててたの!」 「……フラグ?」 またよく知らない横文字だ。前にも聞いたような気がしなくもない。あれか。今時の若者言葉か。しかもまた呼び捨てたな。あっちはだいぶ俺と親しくなった認識なんだろうか。良いことだ。 「うーん、要するに今後それをきっかけに何か物事が大きくなりそうな前触れ、のことかな」 「それと旗に何の関係があるんですか」 「もとはプログラミングかなにかの用語だったみたい……ってことしかわからないかな」 「ああ、そうだったんですね」 専門用語か。なら覚えなくてもいいかなこれ。横文字は好きじゃねえし。 「じゃあ、後で伺います」 「うん。その時会長とのこと詳しく聞かせて」 「はい」 承諾して、俺に背中を向けて歩いて行く中野の背中を何とはなしに眺めてから、俺はふと彼の変わらない態度について思いを馳せた。そういえば会長の駒場も俺の素顔を見たんだった。あいつはどう思ったんだろうか。そんな考えが掠める。 ま、俺が気にすることでもないか。 それよりこれから和泉と対面しなければならないことの方が憂鬱だ。俺は面倒事をさっさと済ませるべく、あっさり思考を放棄して教員棟に足を踏み入れた。 |
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