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 俺が親衛隊に興味を示さなかったことは、中野にとっては意外だったようだ。中等部からここに居るって言ってたしな。ここの常識からすると、親衛隊を持つことはステータスのひとつらしいし。そう考えると、確かに珍しい反応ではある。
 忠告を真っ向から拒否した形になったが、中野は眉を顰めるどころか、面白い生き物を見るように目を輝かせて身を乗り出してきた。まだ日が浅いから何とも断言できないが、こいつもかなり変わってるんじゃないだろうか。
「榊原くん、ほんとにそう思ってる? 親衛隊が出来たら状況はだいぶ良くなるよ。それだけの人間に認められるってことだから」
「ああ、なるほど」
 親衛隊持ちに一般生徒が近づくのは嫉妬や制裁を招くが、規模はともかく親衛隊持ちになってしまえば辛うじて他の親衛隊持ちと同じ舞台に立てるということか。いかにも鬱陶しそうだから断固拒否したかったが、今の状況を鑑みると検討してみるくらいなら構わないとは思えてきた。
 あーでもそしたらサングラス外さないといけないのか。昔から女どもには群がられていたが、一番嫌な思い出は過去に何度か遭遇したストーカー野郎どもだった。気味の悪い変態を思い出すと、このホモまみれ学院で素顔を晒す勇気はあまり出ない。考えただけで鳥肌が立ったぞ、あの野郎どもめ。
「それより、その眼鏡外さないの?」
 ひょいと俺の眼鏡を指した中野の指摘はごく自然で、不思議と嫌悪感をおぼえなかった。人との適切な距離をよく把握している仕草だった。
「うーん……」
 少し迷ったが、俺はすぐにサングラスを外して中野を見た。まあ、こいつならいいかな。
 いくら黒縁眼鏡に見えるサングラスで顔を微妙に隠しているとはいえ、中野は昨日から至近距離で俺を見ている。ある程度俺の容姿を認めた上で、しかしこいつは目の色を変えることはなかった。
 サングラスをテーブルに置く。視界を遮るものがなくなるのだけは気分がいい。サングラスをしてると目頭のあたりが疲れるんだよな。
「わ」
 感嘆の声をこぼした中野が、ぐっと顔を近づけてきた。まじまじと瞳を覗きこまれるとさすがの俺でも居心地悪く感じる。おい、お前他人との程よい距離はかれるんじゃなかったのかよ。前言撤回してやる。そう思いかけたと同時に中野はあっさりと身体を引いた。
「びっくりした。榊原くんすごい綺麗じゃん」
「よく言われます」
「だろうねえ。親衛隊とか余裕でできるよ、それ」
 俺をまじまじと見て溜め息を吐く中野の態度は変わらない。うん、俺も長く生きてきただけあって人を見る目が養われたな。ストーカー被害から学んだと考えるのは癪だからそういうことにする。
「綺麗な目だね。顔も綺麗だけど、その目がはっきり見えると一気に華やかになる感じ」
 俺の顔に対する感想を述べ、中野はふと首を傾げた。
「ていうかその妙に反射する眼鏡でせっかくの綺麗な顔が遮られるし、やめたら? それ。見たところ度は入ってないよね」
「青いのが気にくわないんです。それに、この顔のお陰で面倒事には事欠かなかったので、これは自衛です」
「ふうん」
 限りなく本音に近い言葉がするりと出た。中野にあっさり懐に入り込まれている。サングラスをかけ直し、俺は目の前に残った最後の天麩羅を口に入れた。同じく、中野も自分の食事に戻る。
「ま、強制はしないよ。一応、眼鏡はやめてさっさと親衛隊持つことをおすすめしとくけど。……ほんと、これで髪の色も隠してて季節外れの時期に編入してきていたら王道だったのになあ」
 オード……何だ?
 首を傾げてもわからないものはわからない。訊けば答えてくれそうだったので、俺は素直に質問した。
「……前菜がどうかしたんですか」
「それはオードブルね」
 くそっ。横文字は苦手だ。


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