2


 結局、俺は選択の余地もなく学級委員に決まり、中野は俺がもともと狙っていた保健委員になった。
 本人によると図書委員になりたかったそうで、この結果は不本意らしいのだが、何故か周りに強く勧められた結果そうなった。何がいけないんだ。保健委員の出番など体育祭の時くらいしかないので心底羨ましい。
 委員会を決めた後に抜き打ちで行われた学力テストについては、中等部からの持ち上がりの連中はある程度先輩から聞いて知っていたのか、さほどの動揺を与えなかった。学力には自信があるからな、俺にとってはちょちょいのちょいだぜ。
「今日は天麩羅にしたんだ。俺は何にしようかな」
「天麩羅じゃないんですか?」
「え? 何で?」
「あれ?」
 昼になり、食堂で天麩羅定食を注文したのは俺だけだった。何故だ。もしかすると俺はとんちんかんな答えを返している可能性があるが、返事をしないのは礼儀に反する。
「さっき、天麩羅って言いましたよね」
 恐る恐る返答すると、中野は一瞬何を言われたか理解できていない顔になった。失敗した。黙ってりゃ良かった。
「あー……榊原くん、君、よく天然って言われない?」
「言われません」
 天然でも養殖でもなく、おっさんだ。ほらあれだ、ジェネレーションギャップってやつだろ。そうに違いない。若者に混じって生活してはいるが、最近の流行りにはあんまり興味湧かねえから詳しくねえんだよ。
 恥ずかしくなってぷいと顔を背けるが、背後からくすくす笑いが聞こえてきてなおさら恥ずかしい。天麩羅じゃなきゃ何だったんだよとはもう言える空気じゃねえ。
 お互い向い合って席につき、手を合わせて食べ始める頃には、中野のくすくす笑いも落ち着いていた。どうもすっきりしないが、天麩羅が美味いからもう気にしないことにする。恥ずかしい勘違いを蒸し返すことはない。
「それにしても視線がすごいね」
「そうですね」
 確かに、ものすごく視線を集めていることは俺も感じていた。呑気に感想など述べているが、俺と相席しているからにはお前だって見られているぞ、中野。
 素知らぬ顔で茄子の天麩羅を口に放り込む。中野は自分も食事を進めつつ、そんな俺を面白そうに眺めていた。何故だろう、こいつは親切ではあるんだが、どうも観察されている感じが拭えない。最初に感じた、腹に一物抱えていそうな雰囲気は、こんな時に強くなる。
「僕の反応が意外ですか」
 先手を打って問いかけてみると、奴はますます楽しそうな顔で頷いた。
「うん。意外。何で? こういうこと前にもあった?」
「視線では人をどうこうできませんから。見られているくらいどうということはありません」
「へええ……。ほんと昨日から思ってるけど、榊原くんのキャラはどうなってんの。さっぱり掴めない」
「キャラ?」
 そうですか、でやり過ごしても良かったが、こいつの発する言葉にはわからないものが多すぎる。先ほどの天麩羅しかり。
「君の性格の大まかな傾向ってこと」
「うーん……」
 簡単に言えばただの還暦のおっさんだが、そう言うわけにもいくまい。困った顔で笑って見せると、何故か少し頬を染めた中野に頭を撫でられた。おい。馬鹿にしてねえか。
「第一印象にとらわれると誤解するってことはわかったからいいよ」
「はあ」
 頭をぐりぐり撫でられていると天麩羅が食べづらくて困るんだが。やめろ。撫でられた弾みでサングラスがずれたのを直す。途端に中野がかすかに息を飲むのがわかった。さり気なく手が引かれる。
 中野の性格はまだよく知らないが、そこそこ親切であることと、妙に察しがいいことは実感した。
「まあ良くも悪くも目立ったからね……。榊原くんは、ほんとは顔立ち整ってるのに、ちょっと地味な印象なのが惜しいなあ。もう少し目立つ感じならすぐに親衛隊くらい出来そうなのに」
「僕に親衛隊は必要ありませんよ」
 そんなの抱えたら余計面倒になるに違いない。
 俺は今は未成年だから仕方なくこの状況に甘んじているだけであって、本心から言わせて貰えばガキにはあまり関わり合いになりたくないんだよ。どんだけちやほやされたって、所詮ガキはガキだ。
 高校生のガキにちやほやされている還暦のおっさんを想像してみろ。げんなりするだろ。そういうことだ。


Prev | Next

Novel Top

Back to Index