第三話 勝手にしやがれ 1
衝撃の事実は確かに俺に動揺を与えたが、教室に担任の和泉が入ってくる頃にはすっかり立ち直っていた。何だって今朝はあんなにじろじろ見られてたのか、その理由もわかったことだしな。過ぎたことは仕方ない、今後あの駒場と関わらなけりゃいい話だ。 ま、俺の神経がもっと細かったら違ってきたんだろうが、伊達に還暦近くまで生きてねえよ。おっさん舐めんな。 「お前ら席につけー。ホームルーム始めんぞ」 和泉が出席簿で教卓を叩くと、ざわめいていた教室が静かになった。教師としては気に食わないが、生徒受けのいい顔をしていると生徒たちもおとなしく言うことを聞くものらしい。ちゃらちゃらする必要性だけは感じないが。 初日は名前順に座ったが、早速席替えをするらしい。希望に近い席の生徒は文句を垂れ、不本意な席だった生徒は快哉を叫んだ。俺の隣の席の奴は黙っていたが、拳を握り締めていたのでよほど教壇前が嫌だったのだろう。ガタイがでかいし、和泉のファンではなかったようだ。あいつはどちらかというと小動物みたいな生徒に人気があるようだからな。 「席はくじ引きな。目が悪い奴は勝手に交渉して席代われよ」 そう言って、和泉がコンビニのビニール袋を持って出席番号順に席を回った。勝手に交渉とは適当にもほどがある。ビニール袋をがさがさやって引いてみると中身のくじは手作りらしく、ただの白い紙を折ったものだった。こいつ鋏使ってねえな。切り口が汚い。 俺が引いた番号は三十五番だった。どこかと思えば、窓側の最前列だ。横に三席移動するだけである。とはいえ、和泉から遠ざかることができるに越したことはない。いそいそと荷物を動かしてから、誰かが隣に来たことに気づいて顔を上げた。 「あ、隣だね。すごい偶然」 「そうですね」 意外なことに、隣に座ったのは中野だった。縁だな。やっぱりこいつとは仲良くしておこう。中野も同じことを考えてでもいるのか、やけににこにこしている。 移動や交渉でざわついていた生徒たちが落ち着いたところで、通常の授業が始まるのは午後からで、これから委員会の所属を決めると説明された。 俺はだらしなく机に肘をつきたくなるのを我慢し、どの委員会にすべきか考えた。中学時代は生徒会に居たが、それはここでは人気投票で決まるから論外だ。そうなると通常の委員会に属さなければならない。無難に風紀、図書、保健委員あたりが楽だろう。和泉との関わりが増えそうな学級委員だけはお断りだ。 そんなことを思いながら担任を見ると、黒板に委員会の名称を書き出していた和泉と視線がかち合った。和泉が悪どく笑う。 「榊原は学級委員な」 「ええーっ」 「和泉先生なんでっ」 「……はい?」 俺が返答するより早く、幾つもの悲鳴が上がった。主に前方の席から。お前ら小動物系はこぞって視力が悪いのかよ。 「僕、ですか」 ざわつく教室を完全に無視したまま、和泉がにやにやしている。俺は早速教室中の小動物系生徒たちに睨まれている。中野からは聞いていなかったが、まさか教師にまで親衛隊持ちが居るとか言わねえよな。あっても不思議ではない空気だが、ないことを祈りたい。 嫌な予感に口を開く前に、和泉はあっさりと俺を選んだ理由を口にした。 「お前今朝駒場と歩いてたろ。編入試験の成績も良かったし、そんだけ物怖じしない性格ならいけるいける」 どこに行くんだよ。いけねえよ。 同時に、ええーっ、とか嫌ーっ、とかいう悲鳴が教室を揺るがす。あまりの騒ぎで反論の言葉に詰まった俺の耳に、中野がぼそっと呟いた言葉が聞こえてきた。 「……なんて限りなくテンプレに近い展開……」 よし、現実から目を背けよう。昼は天麩羅だ。
|