7


 翌日、教室で顔を合わせるなり中野が俺の席にやってきた。
「おはようございます」
「おはよ。それより榊原、かなり噂になってるけどいいの?」
「ああ……」
 くると思った。昨夜の電子レンジ煙幕事件は、まあ噂にもなるだろうな。
 俺が住んでいるのは一人部屋だけで構成されている特別寮だ。二人部屋になっている一般寮とは違う棟だから、もしかすると大して話題になっていないんじゃないかと期待していたが、そうはいかなかったようだ。
 疲れの滲む溜め息を吐くと、中野が心配そうに眉を寄せた。
「会長と知り合ったんだって?」
「……はい?」
 会長? どの会長のことだ? 弟はまだ現役で代表取締役をしてるから会長職には就いてねえぞ。
 言っていることの意味を掴めず、俺の席の真横に立つ中野を見上げる。中野はその反応だけで何か察したらしく、天井を仰いで目のあたりを片手で覆った。俺の、というか榊原利晃の嫁さんがよくやってたなそれ。嫁さん元気かなー。今度実家に戻ったらたまには挨拶に行くか。
「会長だよ、生徒会長。……君が今朝一緒に来た人」
 言われて、俺は今朝のことを思い出して不愉快になった。
 今朝、学校に行きたくない気持ちを無理矢理抑え込んで登校しようとドアを開けると、そこにあのやたらうざい男が居た。恥ずかしい記憶が蘇って最悪な気分だ。そっとしておけよ。
『おはよう、晃人』
『……おはようございます』
 早速馴れ馴れしく名前を呼ばれてげんなりする。勝手に呼ぶな。許可してねえだろ。
 だが奴は俺の反応を気にせず、行こうぜと促してきた。一緒に登校すんのかよとますますイラッとしたが、同じ寮から同じ校舎に向かうのを断る理由がない。仕方なく俺はそいつと並んで登校した。
 途中であれから大丈夫だったかだの、今夜は部屋に飯を食いに来いだの言われ、朝から疲労した俺は奴の言うこと全てにハイハイと生返事を返した。流れで奴の部屋に行くことになったので、鯖味噌が食いたいと主張しておいた。これで不味かったら二度と行かねえ。そう思いながら。
 思い返せば、確かにあの男もお綺麗な顔をしていた。そんでもってやたら偉そうだった。
 まさか。まさかそんな。
「あの人、が……?」
「うん。どの人か確認するために詳しい特徴を言ってみようか」
 俺は現実を信じきれずに中野を凝視した。中野は口元は僅かに笑っているものの、真剣な目つきをしている。駄目だ、こいつ全く冗談を言っているような雰囲気じゃねえ。
「……身長が百八十センチを超えているくらいの一年生です」
「うん。あとは?」
「ええと、僕と同じ寮に住んでいて、何だか態度が偉そうでした」
「他には?」
 俺は混乱しながら奴の特徴を思い出す。ガキはガキだろと思ってよく見ていなかったが、何かあったはずだ。決定的に違う証拠があれば安心できる。思い出せ。思い出すんだ。
「あ、そういえば右目の下に泣きボクロが」
「生徒会会長の駒場新だね」
 すかさず返答され、俺は硬直した。ほとんど縋るようにして中野を見る。頼むから違うと言え。
「……あ、あれが、会、長……?」
「特別寮の泣きボクロなら間違いないよ」
「あああ……」
 全ての希望を絶たれ、俺は頭を抱えて机に突っ伏した。親衛隊持ちとは接触しないと決めていたのに、会長ということは最大規模の親衛隊を持っているはずで、これは、つまり。
「死亡フラグ立ってるけど」
 みなまで言うな。俺は既に死んでいる。


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